セタンタは鼻歌を歌いながらスラックスの裾を掴んでいる。
おでん、おでん、おでん。
エミヤの作るおでんは具だくさんで美味しい。定番の具から、タコやソーセージ、ロールキャベツなどが入っていて鍋から溢れんばかりだ。
大鍋ふたつにいっぱいに作っても護衛たちも一緒に食べるので一日でなくなってしまうが、それでもセタンタは大満足する。
「エミヤ、アレ、入れてくれたか?」
「ああ。ちくわぶは皆が欲しがるからな。たくさん入れてあるぞ」
「やった!」
手を打つセタンタ。はんぺんも、じゃがいもも好きだがセタンタが一番好きなのはちくわぶ。あのもちもちした感触が、たまらなく好きなのだ。ほっくり、もっちり、ふんわり。
そんな感じのものが、セタンタは好きだ。
「コタツでおでんかあ」
うっとりとセタンタはスラックスの裾を掴んだままで言う。エミヤはてきぱき調理をしながら、笑って答えた。
「格別だな」
「うん!」
「そうだ、ランサーに日本酒を用意しておかねば」
「え、いいじゃん、別に」
「いや、ランサーはおでんには日本酒がないと拗ねるのでな。酒屋に電話していいものをひとつ見繕ってもらおう」
セタンタはふくれる。
掴んだままのスラックスの裾をよじって。皺になると思うが手がやめてくれない。
「私には酒の良し悪しはよくわからない―――――セタンタ?」
エミヤが手を止めて不思議そうに下方を見やる。セタンタの手は止まらない。
「エミヤは、兄貴のことよく知ってるんだな」
「? ああ、昔からの付き合いだからな」
「そんでもって、兄貴が大事?」
「? ああ」
にこりと笑う。視線が合って、むうとセタンタはさらにふくれた。
「セタンタ?」
エミヤの鈍感!
だけど、そんなところがまた、すきだ。
オレってバカだ。
恋をすると男はみんな馬鹿になる、とかなんとか前にテレビで言っていたような気がする。そっか、じゃあオレはやっぱりバカなんだ。だってオレ、エミヤが好きだ。エミヤが好きなんだ。
エミヤの作ってくれる飯も、おやつも、エミヤの声も、髪も、匂いも、笑顔も、みんなみんな。
「セタンタ」
ふと、セタンタは顔を上げた。目の前に皿に乗ったじゃがいもがある。
その皿を差しだしたエミヤは微笑して、
「冷ましてある。味見を、してくれないか」
そう言って、箸をセタンタの手に握らせた。
だしの香り。かすかに立ちのぼる湯気。
セタンタは目を見開いてエミヤを見つめた。ぎゅうと箸を握りしめる。
じゃがいもは、煮崩れしていないのにとてもよく味が染みこんでいた。やさしい味がした。ちゃんと、冷ましてあった。
「どうだ?」
「……美味い」
「そうか」
エミヤは笑う。ひどくうれしそうに。


「君のことを思って作ったからな」


君は、好きだろう?
なにげないその言葉を聞いたとたん、セタンタはたまらなくなって長い足にしがみついた。
「……っと」
驚いたようにエミヤが声を上げる。
「セタンタ? どうした?」
「うん。すきだ」
瞠目したエミヤは、それを聞いてまた笑う。うれしそうに。
「よかった」
ぐつぐつと鍋の煮立つ音。台所を満たす匂い。
「……エミヤの鈍感」
「うん?」
「なんでもない!」
でも、そこが好きだからいい!
セタンタは笑み崩れると、スラックスの生地を掴んでエミヤの匂いとおでんの匂いを胸いっぱいに吸いこんだ。



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