「それで先輩ったら、自分も荷物をたくさん持ってるのに、“桜は女の子だからな”なんて言ってわたしの持ってた荷物を、全部持ってくれたんです! もう、わたし感激しちゃって―――――!」
桜は両頬に手を当てて、いやんいやんと体を捩る。その顔はまさにほんのりと桜色だ。
「桜さんは相変わらずその先輩にご執心なのねえ」
「やだ、キャスターさんったら……!」
照れるじゃないですか!
長い髪を振り乱して左右に首を振る桜。ライダーはそんな親友の様子を見守りながら、静かにキャスターが用意した紅茶を飲んでいる。セタンタもまた、紅茶を口にしながらそっと思った。
桜って、意外と……。
その先は言わぬがなんとやら。
本堂に招かれ、座布団とマフィンと紅茶が用意されて慎ましやかに“お茶会”は執り行われた。まず先陣を切ったのは桜。どうやらキャスターの言葉からすると、彼女は“先輩”という人物にずいぶんと前から恋焦がれているらしい。
それって誰だろう?
思ったが口には出さずに、セタンタは今度はマフィンを齧る。プレーンのそれはほんのり甘くて美味しかったが、やはりエミヤの作ったものが一番だとこれも口には出さず思った。
「ライダー、あなたは? もうこの会もずいぶんになるけど、あなたの話は一度も聞かせてもらったことがないわ」
「あ、いえ、わたしは―――――聞いているだけで充分ですので」
それに、そのような懸想する相手もまだ、いませんし。
そう言ってライダーは姿勢を正す。キャスターは片頬を押さえて、あらそう?などと残念そうな声を上げた。
「いつかあなたの口からも情熱的な恋の話が聞きたいものね。次を期待してるわ」
「はあ……」
どうやらライダーは親友である桜の付き添いで来ているらしい。苦労性な彼女のことだ、この空間にいるのもそう楽ではないだろうに。
だがライダーはライダーなりに桜のためになにかをしてあげられるのがうれしいらしく、だからついてきているのだろうなとセタンタは結論づけた。
「そうしたら次は―――――」
キャスターの指が宙を泳ぐ。ふらふらと桜、ライダーを通過して、セタンタの顔の前でぴたりと止まった。
「坊や。あなたのお話、聞かせてもらおうかしら」
「わあ。セタンタくん、がんばって!」
「セタンタ。あまり力まずに」
女性陣たちからそれぞれ言葉を受けると、セタンタはぐっとにぎりこぶしに力をこめる。そうして笑った。
「オレは、エミヤが好きだ」
うんうん、とうなずく女性陣たち。
「具体的にどこが好きって言われても困るんだよな、だってオレ、エミヤの全部が好きだからさ。エミヤの顔も、声も、髪も、手も、指も、背中も、もちろん性格も全部! エミヤのすることならオレはなんでも許すし、なんでもうれしい。だって、オレはエミヤが大好きだから」
そこまで一気に言って紅茶をくーっと飲み、セタンタは空になったカップを置くと、きっぱりはっきり言いきる。
「エミヤを世界で一番愛してるのは、オレなんだ」
愛してる、だとか。
ちょっと大人じみた言葉を使ってみたのは、対抗心のせい。
ライダーはずれた眼鏡もそのままにセタンタを見つめ、桜は大胆な告白にぽうっとなっている。
キャスターは驚いたような顔をして、あらいやだ、とつぶやいた。
「坊やったら、子供のくせに意外と情熱的なのね」
「子供とか余計なこというな!」
「あらごめんなさい。だけど誉めてるのよ? あなた、あの教育係が本当に好きなのね」
ふふん、と鼻高々に顔を上げたセタンタは、しかし次のキャスターの言葉にその鼻をへし折られることになる。
「まあ……わたしの宗一郎さまへの想いには負けると思うけれど?」
空間が凍る音がした。
セタンタは思いきりキャスターを睨みつけた。キャスターも負けじと薄ら笑いを浮かべながらセタンタを睨みつける。
桜とライダーは、そろっておろおろとし始める。
カイーン、といささか気の抜けた戦いのゴングが鳴った。


「……それで……ここまで体力を消耗するまでキャスターと言い合ってきた、と」
「うん」
ふとんに寝かされたセタンタは、へにゃりと笑って呆れたようにタオルを絞るエミヤに向かって声を張り上げる。
「オレ、エミヤのこと大好きだからさ! 魔女には絶対負けたくないし、がんばった!」
エミヤはその言葉に瞠目して。
「……まったく、仕方ないな、君は」
その言葉とはうらはらに、熱くなったセタンタの額にくちづけた。



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