セタンタは帰ってきたとたん、家の中にめずらしい気配を感じて靴を脱ぎかけていた動作を止める。
これは―――――セイバーの気配だ。
「ただいま……」
何故だか声をひそめてそっと襖を開けてみれば、そこにはやはり。
「ああ、おかえり、セタンタ」
「よお、帰ったか。ガキ」
「……おかえりなさい、セタンタ。お邪魔しています」
正座をして、ぺこり頭を下げるセイバーの姿があった。


「実は、今日はアーチャーに相談があってお邪魔したのです」
「エミヤに?」
みかんを食べながらセタンタが問う。こっくりとうなずき、セタンタの倍以上のみかんを消費しながらセイバーは真面目な顔をして、
「わたしに料理を教えていただけないものかと思いまして」
「……へ?」
「君が……料理を?」
はい、とあくまで真面目にうなずくセイバー。もっきゅもっきゅと消費していたみかんをいったんこたつの上に置いて。
下を向きぼそぼそと、しかしはっきりした声で言う。
「あなたたちも知ってのとおり、わたしはシロウの家の居候だ。シロウに甘えるばかりで家事もろくに手伝わず剣の稽古にばかり励んでいる」
「いや、それは、その」
いいのではないか―――――とも言いきれず、エミヤの言葉は宙に浮いた。エミヤは知っている。セイバーが属する道場で、子供たちに稽古をつけわずかながらアルバイト代をもらっていることを。
そしてそれをきちんと生活費としておさめていることを。
それだけで充分ではないかと、思うのだが。
「アーチャー。あなたの料理は格別だ。一日や二日でその領域にまで辿りつけるとは思わないが、せめて簡単なものくらいは作れるようわたしを指南してほしい。わたしとて時には、シロウを驚かせてみたいのです」
いつもいつもシロウの料理に驚かされるだけではなく。
そう、セイバーにきっぱりと言いきられエミヤは困った顔をした。
「だが、セイバー」
「お願いします、アーチャー!」
ごん、といい音が鳴る。勢いよく頭を下げたセイバーは、こたつ板に頭をぶつけていた。だが彼女は苦鳴も上げない。ある意味、漢だ。少女であるが、漢。
セイバーかっけえ。
ちょっとそう思ったセタンタだった。
「…………仕方ないな」
そっとため息をつくようにエミヤが言う。頭を下げたときのように、勢いよくセイバーは顔を上げた。
「では、アーチャー!」
「簡単なものでいいのなら、今から教えよう。ちょうど夕飯の下ごしらえの時間だ」
「はい!」
ありがとうございます!
そう言って、またセイバーは頭を下げた。ごん、といい音がした。


エミヤについて台所へと向かうセイバーに、セタンタはこそりと問いかける。
「な、セイバー」
「なんですか?」
「セイバー、その“シロ”っていうやつが好きなのか?」
きょとん。
質問の意味がわからない、そんな風にセイバーはセタンタを見た。
「シロではなく、シロウです。質問の答えですが、わたしはシロウのことは好きですね。人として彼は立派だ」
「……えっと、いや、そうじゃなくて」
予想外の答えにセタンタは眉を寄せ、さらなる質問を繰りだそうとする。その首根っこをランサーが素早く掴んだ。
「ああ、なんでもねえ。……早く行かねえとエミヤに置いていかれるぞ」
「そうですか」
「―――――!」
大きな手で口を塞がれたセタンタはばたばたと暴れる。だがランサーは我関せずといった様子。ひらひらと残った片手をセイバーに向かって振った。
「セタンタ」
台所へと向かいかけたセイバーは振り返ると、相変わらず真面目な顔でひとこと。
「あなたの想いと、わたしの想いは似ているようで違う」
静かに言って、彼女はにこりと笑った。
その笑顔にセタンタが虚をつかれているあいだに、ゆっくりとセイバーは角を曲がって、その姿は見えなくなった。
そこでようやく手を離されていたことに気づいたセタンタは大きく息をつく。
兄に文句を言おうとして振り返り、彼の表情がいつもと違うことに少し驚いた。
「ガキ。なんでもかんでも自分と同じものさしで事をはかるのはやめとけよ」
「…………」
「誰でも好きだの愛してるので動いてるわけじゃねえ。好意にもいろいろあるんだ」
いつになく真面目な顔の兄に、セタンタはなにも言うことが出来なかった。じっとその顔を見つめているとだらりとその顔が崩れて。
「……さてと、エミヤもいねえことだし少し寝るか。夕飯が出来るまで」
兄貴、とセタンタはランサーを呼ぼうとした。だが、声は出ずランサーは居間へと引っこんでしまう。
廊下にひとり取り残されて、セタンタはぼそりと小さくつぶやいた。
「わかんねえ。だってオレは、エミヤが好きなんだ」
好きにも、いろいろあるなんて知らない。セタンタの知っている好きは、たったひとつだ。
だけど。
「わかんねえよ」
セタンタは、ぼそりとつぶやいた。



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