「じゃな!」
襖を開けていつものようにエミヤの部屋を覗いたランサーは、腰の辺りをすり抜けていくセタンタにぶつかりそうになり、すいと慌てることなくそれをかわす。
しっぽを振って元気よく駆けていく後ろ姿を眺めて、なあおい、とちゃぶ台の前に座るエミヤに呼びかけた。
「一体ありゃなんだ? ずいぶん上機嫌だったようだが」
「これだよ」
くすくすと口元に手を当てて笑いながらエミヤは原稿用紙の束を指し示す。裏側から透けて見えるのは、赤ペンでのはなまる。
「あのガキが?」
「ああ。間違いなく、セタンタが、だ」
「信じられねえな」
「なら見てみるといい。自分の目で見たら、いくら君でも信じざるを得ないだろう?」
いつになくエミヤも上機嫌だ。まわりに花が飛んでいるように見える。ここまであからさまに上機嫌なのもめずらしい、と思いながらもランサーは差しだされた原稿用紙を受け取った。

家族について 4ねん2くみ セタンタ
オレにはおふくろもおやじもいません。だけど、エミヤがいます。
エミヤというのは、オレの大好きなひとです。
エミヤはとてもやさしくて、きれいで、すごくやさしくて、オレはそんなエミヤが大好きです。エミヤの作ってくれる料理はすごくうまくて、特にオレは甘い卵焼きが大好きです。

「これで高評価がもらえるたあ、今の教育はずいぶんと甘いんだな」
「まあ、続きを読んでみてくれ」

エミヤはオレと血がつながっていませんが、オレはエミヤを家族だと思ってます。エミヤもきっとそう思ってくれてるはずです。だってオレはエミヤのことが大好きだし、エミヤもオレのことを好きだと言ってくれるからです。
それから、オレには兄貴がいます。オレと血のつながった家族は、兄貴だけです。
兄貴は自称冬木の猛犬といって、知っているひとも多いと思います。
兄貴は決まった仕事についてないし、大人なのに子供みたいだし、いいところがないように

「おい、ちょっと待て」
「まあ、続きを。続きを読んでみてくれ」

いいところがないように思えますが、実はそれなりにかっこいいところもあります。
言うと調子に乗るので言いませんが、オレは、黙っていれば兄貴もかっこいいんじゃないかなあ、と思います。

「……黙っていれば、かよ」
「だが、面と向かってセタンタが君を誉めることはそうないだろう?」
「まあな」

あと、オレの家には護衛のおっさんたちがいっぱいいます。みんな血はつながってませんが、オレのことを大切にしてくれます。
見かけが怖いので最初はびっくりすると思いますが、本当はみんないい奴らです。今度みんなよかったら、うちに遊びに来てください。
ただ、本当に見かけは怖いです。気合いを入れて来てください。

「二度言いやがった」
「……彼なりに、気を遣っているのだろうよ」
「笑いながら言っても説得力ねえぞ、エミヤ」

はじめに言いましたが、オレにはおふくろもおやじもいません。オレが小さいころにふたりとも亡くなったそうです。
だけど、オレにはエミヤがいます。大好きなエミヤがいるから、オレはさみしくありません。
あ、ついでに兄貴も。兄貴はエミヤにちょっかいを出すからやだなって思うときもあるけど、まあ、許してやります。

「ついでかよ」
「まあまあ」
「……だから笑いながら言っても説得力ねえって言ってんだろ」

だってエミヤはオレのだから、ちょっかいを出したってしかたないからです。

「……ちょっと殴ってくるわ」
「ランサー、落ちつけ! ランサー!」

オレには本当の意味での家族は兄貴しかいませんが、エミヤや護衛のおっさんたちがいます。
それに、兄貴がいれば、オレはいいです。
なんだかんだいっても、兄貴もオレの大事な家族だからです。
兄貴はオレにいろんなことを教えてくれます。エミヤもそうですが、兄貴はまた違うことを教えてくれるので、勉強になります。
エミヤと、兄貴と、護衛のおっさんたち。それが、オレの大事な家族たちです。
おわり

ランサーは原稿用紙を手に頭をがしがしと掻き、ため息をついた。
そうしてエミヤに投げるように原稿用紙を手渡すとそのまま部屋を出ていこうとする。
「ランサー?」
「ちょっと思うところあってな。ガキと話してくるわ。まだそう遠くには行ってねえだろうし」
「ほどほどにな」
「おうよ」
襖に手をかけたランサーに、エミヤが背後から声をかける。
「ああ、ランサー」
「ああ?」
「この作文だがな。来週配られる家族通信に載るようだぞ」
「―――――はあ!?」
大声を出して振り返るランサー。勢いですらりと開け放った襖の向こうに、ちょこんと座っていた者がびよんとしっぽを逆立たせる。
ランサーはその気配を察したのか、静かにその者―――――セタンタを見下ろす。
セタンタはへら、と笑って。
ダッシュで、逃げだした。
「てめえ、このガキが! 足の速さでこのオレに勝てると思うなよ!」
「わー! 暴力兄貴ー!」
どたどたどた。
突風を巻き起こし、あっというまに消えていった兄弟を見てエミヤは目をぱちくりとさせる。
そうして、似たもの兄弟だな、とくすくす笑った。
ランサー―――――クー・フーリン少年も、かつて父のことをあからさまに作文に書いて、庭で派手な追いかけっこを繰り広げたことがあったからだ。



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