セタンタは部屋の中でくるくると回っていた。
「なんだありゃ。とうとう頭イカレたか」
無慈悲に言ってのける兄の言葉も聞かず、くるくる、くるくる。その首にはブルーのマフラー、明るいイエローのライン付き。
くるくる、くるくる、くるくるくる。
「へっへっへー」
ぴたり、と止まってしっかりとほどけかけたマフラーを巻きつけると、満足そうにセタンタは鼻先までをうずめて笑う。得意げに。
炬燵に入った兄を遠くから上から下までじっと見る。
じっと見て、にやり、とおおよそ子供らしくない笑顔で笑ってみせた。
「うらやましいだろ」
「あん?」
「兄貴のは、ない!」
胸を張って言いきったセタンタはまたもくるくると回り始めた。そこにちょうど切らしていた茶葉を補充しに行っていたエミヤが、台所から戻ってくる。ランサーは炬燵に入ったままそのスラックスの裾を掴んだ。
まるでセタンタのように。
「あれか。ありゃ、おまえの仕業か」
「仕業……?」
ひとぎきのわるい。
そんな風に眉間に皺を寄せたエミヤは、いまだくるくる回っているセタンタを見て、は、と目を丸くした。
「おまえの仕業だろ」
「……済まない」
「オレは大人だからよ。嫉妬する気はさらさらねえが、ガキが有頂天になりすぎるのはよくねえんじゃねえのか」
「そう、だろうか」
「そうだろ」
煙草をくわえて、しかし火はつけない。口先で弄んでいるランサーにため息を返し、エミヤはひとりダンスを踊るセタンタの傍へと歩み寄っていった。
「セタンタ」
「あ、エミヤ!」
う。
この太陽のような笑顔にエミヤは弱い。しかし、言うことは言わねば。
「エミヤ、マフラー! ありがとな!」
「あのだな、セタンタ」
「これすっごくあったかくてふわふわだ! 極上だ! オレ春になっても夏になっても秋になってもこれ、離さないからな!」
いやそれはどうだろう。
眉間の皺を深くしたエミヤは、気合いを入れるとセタンタ、と大事な子供に向かって呼びかける。と、その子供は。
「エミヤのオレに対する愛ってこんななんだな」
と、大変にとろけた顔と声でのたまった。
あったかくてふわふわの極上。
「エミヤの作ってくれる卵焼きといっしょだ!」
大変にとろけきった笑顔で。
次期当主様は、のたまった。
威厳などない。いや、その、小学四年生にそんなものを求めるのは酷というものだけど。
セタンタには、時にわずかながらもそれがあるから今の状態が物悲しい。
子供でも、男なら愛した相手から手作りの物をもらえばもうめろめろ。
太陽のようにさんさんと光を発しているその笑顔から、エミヤはだんだんと遠ざかり。
そうしてランサーのところまで行って、がくり。と、くずおれた。
「……済まない、私では力不足だ……」
「まあ、気にすんな」
軽く肩を叩かれ、うなだれるエミヤ。済まない、済まないありがとう―――――そう言いながら握りこぶしを作り、エミヤはきっと顔を上げる。
「この礼は、セタンタと揃いのマフラーで返そう」
「おまえ、根本的なところがわかってねえよな」
いや、くれるっつーもんはありがたくもらっとくけどよ。
頭を撫でられつつ不思議そうな顔をしたエミヤの丸まった背に、セタンタは上機嫌でなついていた。
「なあなあエミヤ、オレ、今度は手袋がほしいな―――――!」
「調子に乗んなよガキ。てめえは一山百円の投売りバーゲンセールの毛玉つき手袋で充分だ」
「あ! なんだよ兄貴、エミヤにマフラー編んでもらえなかったからって、ひがんでんだ! おとなげねえ!」
「……絞める」
「ラ、ランサー、それではセタンタの言葉を認めたことに……っこら、やめないかふたりとも! 喧嘩はするなとあれほど!」
「オレは大人だからな。―――――そんなもんがなくとも」
我慢出来る―――――とつづくかと思われたセリフは。
「ガキの首くらい、この腕で絞められんだよ!」
「ちょ、兄貴本気でおとなげねえっ……つか、卑怯者! ずるいぞ! 反則! さいていだ!」
「ランサー! 人の編んだものを殺人凶器と一緒にしないでくれないか!」
誠に大人気ない宣言に、取って代わられたのだった。
邸宅は今日も騒がしい。



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