眼鏡をかけ、仕事中。
柱に寄りかかりそんなエミヤを眺めつつ雑誌を読んでいたセタンタは、何の気なしにポケットに手を入れた。
「!」
…………、と、沈黙。
なんともいえない顔でポケットを見やり、エミヤを見やり、ポケットを見やり。
つぶやく。
「…………エミヤ」
「うん?」
くるり、とペンを回しエミヤは顔を上げた。そしてなにげなく後ろを振り返り、そこにあった悲痛な表情のセタンタにぎょっとした顔をする。思わずその手からペンが落ちた。
それも気にせず身をひるがえし、セタンタへと駆け寄るエミヤ。眉を寄せている彼の肩をつかんで問いかける。
「セタンタ、どうした」
具合でも悪いのか?
「……じゃなくて」
「なら、なにが」
「ポケットにさ」
「ああ」
「菓子皿にあったキャラメル」
「?」
「入れっぱなしにしてたの、忘れて……」
セタンタはポケットにつっこんでいた手を引きだした。怪訝そうな顔をしているエミヤへとつきだす。
ぶらん、と。
その指先に貼りついたもの。
「炬燵に入っちゃった」
溶けたキャラメルと、その包装紙だった。
くせのある甘い香りが部屋の中に漂う。
エミヤはセタンタの肩を掴んだまま瞠目して。ぱちぱちぱち、と音が聞こえそうなほど、そうして。
長い長いため息をついた。
「大事はないのだな」
「ん」
「被害はそれだけか」
「ん」
うなずくセタンタにエミヤは苦く笑う。心配させるな、とため息のままささやいて、その声でセタンタをどきりとさせた。
「君になにかあったら私は平静ではいられない。頼むから心配させないでくれ、セタンタ」
「うん、約束したからな。今度も約束……あ」
小指を差しだそうとして、ぶらん、とついてきたキャラメルのなれのはてと包装紙に気づく。
これどうしよう、という顔をして数秒考えたセタンタは、いいや、とつぶやいて舌を出した。
「もったいないから舐めちゃえ」
「こら、行儀が悪いぞ」
「だってさ」
仕方ないじゃん、と言いかけたセタンタは次にエミヤが取った行動に目を丸くした。
「だがしかし、」
そんな声と共に。
赤い舌先がセタンタの指先をかすめて通りすぎていった。
「確かにもったいなくはあるな」
彼にはめずらしくおどけたように言って笑ったエミヤに、セタンタは目を限界まで丸くしたまま、


「エミヤ、大胆……!」
「は?」


どきどきと、高鳴る鼓動をおさえてつぶやいたのだった。
その頬は普段の薔薇色を通り越して真っ赤だったという。
「エミヤ、これ他の奴にやったらだめだからな!」
「? ああ、もちろんだが……」
君にだから特別なのだぞ?
そう、さらり言われてセタンタはほっと息をついたと同時にぼっと顔を熱くする。
震えるぞハート、燃え尽きるほどヒート、刻むぞ血液のビート。
「ととととと、とくべつとか!」
うれしいけど、簡単に口にしたらだめなんだからな!
そう叫んでセタンタは普段通りに激情のままエミヤにしがみつく。―――――と、エミヤが裏返った声を上げた。
「―――――うわっ」
うわ?
首をかしげて、はたと思い当たったことにそろそろとセタンタがエミヤのうなじのほうをのぞきこんでみると。
「セタンタ……」
「……ごめん」
エミヤの白い髪に、べったりと溶けたキャラメルが貼りついていた。
ふたりはしばらく見つめあって、やがてどちらからともなく噴きだす。くつくつ喉を鳴らして、エミヤが言った。
「まったく、君ときたら」
仕方ないな。
言葉とはうらはらに、その声はひどく愛情にあふれていた。
「風呂が沸いている。一緒に入ってしまおう」
「うん!」
元気よく叫んで、セタンタはこうなったら、とばかりにもう一度エミヤにしがみついた。
べたべたと、甘くべたついた抱擁はある種格別だった。



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