「きょーおはなーんのひー」
ふっふー、とセタンタがハミングしている。古ぼけた紙をぱらぱらとめくりながら足をぱたぱたさせているのに首をかしげてエミヤは、
「そんな歌、どこで教わった?」
「護衛のおっさんから!」
「そうか……」
んでもってこれは蔵から出てきたんだって、と冊子を示してセタンタが笑う。緑色の表紙はやや虫食いがあるが、読めるレベルだ。
ランサーは炬燵が導入されてからというもの、なかなか炬燵から出てこない。風邪をひくから炬燵で寝るのはよくないとエミヤは言うのだが、気がつくと寝てしまっている。
今もまた―――――と思ったが、目を擦りながら起きてきた。
「君はよく眠るな、ランサー」
「ガキのうるせえ声が聞こえちゃ、寝るに寝られねえってもんだ」
「ガキっていうな!」
「ガキだろ」
大あくびをこぼしつつ伸びをしたランサーは、だらだらと炬燵から這いだしてきてセタンタの横へ立った。
「なんだそれ」
「“今日は何の日?”付きカレンダー」
「くだらねえ」
また、大あくびひとつ。セタンタは露骨にむっとした表情になると、
「くだらなくねえ! ためになるっておっさん言ってたぞ!」
「へえ、たとえば?」
「おい、君たち……」
喧嘩はやめないか、とエミヤが言うのに、兄弟仲はヒートアップしていく。おとなげない兄と、簡単に挑発に乗ってしまう弟。
これで喧嘩にならないはずがない。
ペンを手に眉を寄せたエミヤにかまわず、兄弟はきゃんきゃんと言い争いを続けている。
「今日は……日本人宇宙飛行記念日、全国防火デー、だ!」
「だから?」
「え」
「だから、それがどうした」
そんなのためにならねえよ、と鼻で笑うランサーに、愕然とするセタンタ。赤い瞳が丸く見開かれる。
まさか、そんなはずは、という表情のセタンタに、ランサーはまた大あくびをひとつして。
「他にはねえのか? ねえなら寝る」
「何故寝るのだね」
「エミヤと寝る」
「やだ!」
なんかそれやだ、すごいやだ!と叫ぶセタンタに、
「じゃあもっと面白い情報出してこいよ」
と兄は言う。弟は真剣にページを見た。
―――――京都の醍醐寺で五重塔の落慶供養が行われる―――――
―――――室町幕府が徳政令を出す―――――
―――――ノートルダム大寺院でナポレオン・ボナパルトの戴冠式―――――
あ、ボナパルトってなんか美味そう……じゃなくて!
子供用にか、ふりがながふってあるので読めるのであるが、それゆえにか油断して脱線したセタンタは頭をぶんぶんと振った。
違う、違う、違う!そうじゃなくてもっと、もっとこう……。
兄貴が、驚くような……!
どうした、ねえのか。
そんな顔で仁王立ちになっているランサーに、知らず冷や汗をかくセタンタ。面白い情報がないと……。
ランサーが、エミヤと寝る……!
なんかすごく、やだ!
食い入るようにページを見たセタンタは、とある項を見てはっとそこに釘付けになった。


誕生花:こけ (Moss)
花言葉―――――


「兄貴」
「なんだ」
「今日は、エミヤの日だ」
「ああ?」
ほらここ、とセタンタが指し示したところを覗きこむランサー。
そこには。
誕生花:こけ (Moss) 花言葉:母性愛
「……ああー……」
「な?」
納得したようにうなずくランサーに満足そうなセタンタ。そうして、兄弟そろって書類にペンを走らせていたエミヤを見る。
「な、なんだね、君たち、その……なんともいえないまなざしは」
「いや、遠い日の花火だ。昔を思いだして、な」
「オレは違うけど。でも、なんか……なつかしい」
うん、とそろってうなずくと、
「おふくろ!」
「エミ……!? ……おふくろ!」
ふたりは、目を白黒させるエミヤの胸に向かって、飛びこんでいったのだった。



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