「オレ、弟が欲しいなあ」
そんなつぶやきをぽつりと漏らしたセタンタを、エミヤとランサーはそろって見やった。
そうして、顔を見合わせて首を捻って。
「突然どうしたセタンタ」
「なにたわごと言ってんだガキ」
まったく正反対の言葉を、口にした。
問いと罵倒と、間逆の言葉を受けてセタンタは戸惑ったように赤い瞳をぱちくりと瞬かせ、とりあえずは―――――
「たわごとじゃねえよ!」
兄のほうに、反応することにしたようだ。
「たわごとじゃねえか、親父もおふくろもいねえのにどうやって作んだよ」
「ラ、ランサー!」
「いいだろ、こいつだって性教育くらい受けて―――――」
もがもがもが。
慌ててランサーの口を押さえるエミヤ。その頬はほんのり赤い。そんなすったもんだをセタンタはきょろんと目を丸くして見ている。
どうやらよくわかっていないようだ。
エミヤはほっとため息をつく。ランサーは口を押さえられたまま、そんなエミヤを横目で見ていた。
ほんとこいつこういうことには弱えなあ、と翻訳するならばそんなまなざしで。
たとえば家族団らん中、夜九時からの木曜ロードショー辺りで濡れ場が出てきたら間違いなく挙動不審になってチャンネルを変えようとするのがエミヤのようなタイプ。それを面白がってチャンネルを渡さないのがランサーのようなタイプだ。
「セ、セタンタ。一体何故突然、弟が欲しいなどと……」
まるで君が悪いのだぞ!と言うかのように(そんなことはありえないけれど)矛先をセタンタに向けるエミヤ。セタンタは目を丸くしたまま、えーと唇に指先を当てて。
「ミミの知り合いの家に子供が産まれたって聞いてさ。そいつおねえちゃんになったんだって」
ミミ少女。セタンタの友達の中でも特に仲のいいひとりだ。
「そうなのか……」
「なあエミヤ、オレもおにいちゃんになってみたい」
兄貴いらないから、弟が欲しい。
さらりとそう言いきったセタンタに、ランサーが生ぬるい笑みを浮かべる。そうかそうか。
「よーしそうかそうかオレはいらねえか、そんじゃま、」
「なにがそんじゃま、なのだねランサー! 目を血走らせるのはやめたまえ!」
「なに、安心しろって。ちょいと捻るだけだ、ちょいとな」
「なにを捻る気だ!」
目を光らせて指をごきごきと鳴らすランサーを必死に押しとどめるエミヤ。もう必死である。セタンタ、頼むからちょっと自重してくれ―――――というかのように(さすがに言わなかったが)彼を見る。
と、ランサーをおさえる力がふとゆるんだ。
「……っと」
勢いでエミヤを畳に押し倒しそうになったランサーは同じく力をゆるめてどうした、とエミヤを見る。
「いきなり力抜きやがって、危ねえだろが」
「あ……済まない」
謝らなくてもいいのに頭を下げるエミヤ。その、と後方を指す。
そこにいるのはセタンタだ。
ランサーはようやっと気づいた、というかのようにセタンタの様子を見て。
口にくわえた煙草の先をぴょこり、と動かした。
セタンタは真顔だった。なにかを考えこむかのように。
「なんで……」
ぽつり、とつぶやく。
「なんで、親父とおふくろいなくなっちゃったのかなあ……」
しん、とその場が静かになった。
明らかに空気が重くなった。
エミヤは辛そうに眉を寄せた。
ランサーは黙っている。
「セタンタ」
つぶやいたエミヤを遮って、ランサーが言う。
「おいガキ」
ガキっていうな、と普段の怒鳴り声もなしにセタンタが顔を上げる。不思議そうなその顔に向かって、ランサーは真顔で言った。
「そんなに弟が欲しいのか」
「え?」
「そんなに弟が欲しいのかって聞いてんだよ」
「え……うん」
こくんとうなずいたセタンタに、にやりとランサーが笑う。そうかそうか。
「じゃあエミヤ、オレたちで今晩……」
「なにを言いだすのかね!」
固まっていたエミヤが思いきりランサーの頭をはたく。いい音がした。え?え?とセタンタは怪訝そうな顔をしている。
「なに? なんだ? なんでエミヤ、顔赤いんだ?」
「セ、セタンタ、それはだな……ってランサー、君な……!」
「空気が重いから切り替えてやったんじゃねえか」
ぼそぼそと言い合う幼なじみたち。エミヤははっとしたようにランサーの顔を見る。真顔だった。
「このままなしくずしに話題変えちまうぞ、いいか」
「す……まない、ランサー」
「まあオレは本気で今晩辺りにでもおまえと」
「それは自重したまえ!」
べん、とランサーの頭をはたくエミヤの顔は真っ赤だ。当然セタンタが黙っているはずはない。
話題を変えることには成功したがそこから兄弟の喧嘩が勃発し、エミヤは別の理由で頭を痛めることになったのだった。



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