「で、だ」
縁側で、洗濯物を取りこんでいるエミヤを見ながらランサーはつぶやく。
セタンタは不思議そうにそんな兄を見た。
「おまえ、実際問題どこまで知ってんだ?」
「どこまで……って?」
「ガキの作り方だよ」
きょろんと目を丸くするセタンタ。
昨日は結局喧嘩両成敗でそのまま夕飯になり、ランサーは邸宅に泊まっていった。三人川の字で眠って、すっかりそんな話題は忘れ去られたものかと思っていたのだが。
エミヤには気づかれないように、ランサーは小声でひそひそと隣であぐらをかくセタンタに耳打ちした。
「まさかコウノトリが云々とか思ってるわけじゃねえだろ?」
「ば―――――」
叫びそうになったセタンタの口を速やかに押さえるランサー。エミヤが勘付く。そうささやけば、むぐ、とセタンタは口をつぐんだ。
それを確認してランサーは手を離す。セタンタはふくれっつらで兄を見た。
「バカにすんな、それくらい知ってらい」
「ほお、小学校でもきちんと教えることは教えてるんだな」
「そうだ、神父様が来てちゃんと……」
「ちょっと待て」
今なんて言った。
「だから、神父様が」
「神父?」
それってまさか奴じゃねえだろうな、とこめかみを押さえるランサーに、セタンタは不思議そうに首をかしげた。なんだよ兄貴。
「いや、いい。言うな」
「なんだよ、変な兄貴」
変とか言うんじゃねえ。
というか、予想通りなら変なのはあの神父だ。
一体小学生相手にどんなことをふきこんでいったのか。まともなことを言うとはとても思えないが。
まあ、色事にからっきしなエミヤよりはましだろうとは思うが―――――。
「神父様の言うことは難しくて、オレにはよくわかんなかったけど」
でも、とセタンタはつぶやく。下を向いて。
「愛があれば何事も大丈夫だって」
「……その神父が言ったのか」
「いや、言わなかったけど」
ほっと息をつくランサー。
ああよかった。
言ってたら、あまりの似合わなさに大笑いしているか鳥肌を立てているかだ。
「そんなようなことを言ってたと思うんだ」
広く広く解釈すれば、とセタンタは言う。だから、とランサーをきっと見上げ。
「だから、オレとエミヤ」
「無理だ」
「なんでっ!」
エミヤが振り向く。兄弟は慌てて手を振った。なんでもないなんでもない。エミヤは小首をかしげると、洗濯物を取りこむ作業に戻る。
……危なかった。
「別にオレはもう、弟が欲しいとかワガママ言ったりしねえよ。そもそもっ、オレにはエミヤがいるんだし」
だから、オレとエミヤのあいだにも愛があるからそれでいい、と言おうとしたのだと。
胸を張ってセタンタが言うと、赤いリボンが揺れた。
「あい、ねえ―――――」
「あ、なんだよ兄貴、その顔っ」
「いや、なんでもねえ」
ひらひらと手を振ると、ランサーはごろりと縁側に寝転がった。一方的に話を打ちきられセタンタはまたふくれたが、エミヤが洗濯物を抱えてやってきたので関心はそちらに向けられたようだ。
「エミヤ、オレ手伝う! なにしたらいい?」
「そうだな、ならタオルを畳むのを手伝ってくれるか?」
「うん!」
じゃあ先に行ってるな、と立ち上がってぱたぱた居間へと駆けていくセタンタ。エミヤはそれにつづくようにサンダルを脱ぎ捨てながら寝転がったランサーの耳元に唇を寄せて、
「内緒の話は終わったのか?」
「……おまえ、変なところで耳ざといよな」
「私が聞かぬほうがいい話なら追究はせんよ。ただ、変なことをセタンタにふきこまないようにな」
「へいへい」
えみやー、と呼ぶ声がする。エミヤはその声にああ、と答えると、
「信じているぞ、ランサー」
そうひとこと言って、居間へと向かって歩いていった。
かあ、と鴉が鳴く。ポケットから煙草を取りだしたランサーは、一本を口にくわえていつものようにもてあそぶ。
「ずるい奴」
なにがずるいのか、自分でも釈然としないまま口に出した言葉は宵闇に溶けて消えた。
居間からはセタンタとエミヤの話し声が聞こえてくる。楽しそうなセタンタの甲高い笑い声が、空を見つめるランサーの耳に届いた。



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