ひとーつ、と声が上がる。体育座りをして自分の膝裏を眺めているセタンタを、エミヤは怪訝そうな顔で見た。
「セタンタ?」
「なあエミヤ」
うん?と反応するあいだにもずりずりと膝で這ってセタンタは近づいてくる。炬燵に足を入れず正座をして書類整理をしているエミヤの足に触れて、ぺたぺたと撫で回す。
ランサーは腹の辺りまで中に入って煙草をくわえ、そんな弟の様子を傍観している。
「セタン、タ?」
「んー」
戸惑うエミヤにもかまわずスラックスをずり上げ、足首を露出させたセタンタは大切なもののようにそれを捧げ持つと、くるくる回してなにかを確かめるように見て。
「エミヤ、ほくろいくつある?」
そう、のたまった。
「ほく……ろ?」
「うん、ほくろ」
「改まって数えたことはないが……」
またどうして、とたずねれば、学校で。と平然とした顔で言う。体育の時間、着替えをしているときにそんな話題になったという。
騒動(というにはかわいいもののような気がするが)の発端はいつでも学校なのではないか、とエミヤは思う。
「そういえばよ」
は、と反応するセタンタとエミヤ。
「ランサー、君、寝ていたのでは」
「いつでもどこでも寝てると思うなよ。つか、おまえの中でオレはそういうキャラか」
そういうわけではないけれども―――――と慌ててエミヤが言えば、わかってるよ、と心底楽しそうにランサーは笑う。
このおさななじみをからかって遊ぶのが本当にランサーは好きでたまらないらしい。打てば響くように反応が返ってくるからまた、楽しくてたまらないのだろう。
上半身を起こしながら毎度のごとく火のついていない煙草を唇に挟んでもてあそび、にやにやと笑んで。
「オレたちのときはあれだな、傷を見せ合って勲章だなんだのと」
「……そういえば」
確かに覚えがあった。あれは中学校のころだったろうか?弱いものいじめをする上級生に果敢に挑みかかっていったランサーの頬と体に勝利と引き換えに無数の痣が出来て、エミヤは本気で彼を叱ったものだ。
子供ではないのだから、と手当てをしながら怒るエミヤ少年にランサー、クー・フーリン少年は男の勲章だ、と言ってまったく悪びれなかった。それどころか体育の時間に着替えるとき、クラスメイトたちに自慢していたような。
その頃を思いだしてむっと眉間に皺を寄せたエミヤを、ランサーはのらりくらりとやりすごす。
「昔のことだ、時効にしてくれよ」
「君はそうやっていつも、……こら、セタンタ」
シャツを遠慮なしにめくられ、背中を露出させられエミヤはランサーに向けた矛先を背後のセタンタに向ける。
だがセタンタはそんなのは気にしないと言わんばかりの自由さで、吐息が吹きかかるほどの至近距離でまじまじと褐色の背を眺める。
ほう、とため息のようなものを漏らして、セタンタは言った。
「エミヤの背中、やっぱりきれいだな」
でもってほくろ、ひとつもねえ。とセタンタはどうしてか残念そうに告げる。
「……そんなにエミヤのほくろが見てえか?」
煙草をくわえたまま、ランサーがつぶやいた。
セタンタは目を丸くして兄を見てから、ぐんぐんとうなずく。それを見てよーし、と笑ったランサーの顔は必要以上に晴れやかだった。
「なら、協力してやらあ」
そう言うとランサーは炬燵から這いだした。そして、あ、というまに。
「ラ……ランサー!?」
「おら、ぼさっとしてねえでおまえも探せ。オレは上を探すから、おまえは下な」
べろん、とそんな擬音が似合うくらいの大胆さでエミヤのシャツをまくり上げてしまった。ばんざーい、とまるで子供のようなポーズを取らされ、唖然呆然としていたエミヤだったがすぐに我に返ったようにじたばたと暴れだす。
「なにを君は馬鹿なことを、離せ、離さんかランサー、……ランサー!」
セタンタは目を丸くしたまま兄を見て。


「セタン、タ、まさか君まで……」
エミヤを見て。
ぱん!と、両手を合わせた。
「ごめんエミヤ!」


唖然呆然愕然。
だって好きな相手のことは知りたいじゃん―――――ともっともらしいことを言っても駄目だ。
にやにやと明らかに面白がっているランサーと、どきどきと胸を高鳴らせながら生真面目な顔でスラックスをさらに上へとまくりあげるセタンタに、それぞれエミヤの愛の鉄拳制裁が下るのはもうしばらく後の話。



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