エミヤの髪が好きだ。
白くて細くて、セタンタと同じシャンプーの匂いがする。だからたまにセタンタはエミヤに髪を触らせてほしいと頼むのだ。
今日もまた。
エミヤは困ったように笑いながら、許してくれる。それがうれしい。
「一体、なにが楽しいのかね?」
「全部!」
叫んでぎゅうとエミヤの首っ玉に抱きつく。頬にさらさらと触れる感触。
きれいだ。
「オレ、好きなんだ、エミヤの髪」
「私も君の髪が好きだよ」
「本当に?」
「ああ。深く青く、それなのに澄んでいて、とてもうつくしい」
「じゃ、エミヤもオレの髪に触っていいぞ!」
言って離れると、セタンタはちょこんと正座をする。エミヤは虚をつかれたように目を丸くしたが、すぐにその鋼色の瞳を細めて、手を伸ばす。
まずは頭を撫でてから、短いしっぽへと。長い指先が感触を確かめるかのように触れて、セタンタはくすぐったくも誇らしくなった。
セタンタが許すのはエミヤだけ。同じく、エミヤが許すのもセタンタだけだろう、と。
「じゃあ、また次オレの番!」
押し倒すように飛びかかり、セタンタは両手でわしわしとエミヤの髪をかきまぜる。指通りのいい白い髪。清潔なシャンプーの匂い。
セタンタは鼻先をうずめる。そうしてほとんどうっとりした。


「なにやってんだ、おまえら」


はっと覚醒する。そこには、半分ほど開いた襖に寄りかかって呆れたような顔をした兄の姿があった。
「気配消すなよ、エロ兄貴っ」
「なんでエロだ。おまえらがいちゃついてて勝手に気づかなかっただけだろうがよ」
なにやってたんだ、とエミヤに問うランサー。エミヤは少々頬を赤くしながら、説明した。
かくかくしかじか。
ランサーはにやりと笑うと、
「ああ、オレもエミヤの髪は好きだな。昔からよく触ったもんだ」
「え」
セタンタは素っ頓狂な声を出す。―――――いま、この兄は、なんて言った?
「で、もってだ、ガキ。おまえにゃまだ早い」
「な……なんでだよ! 早くねえ!」
オレ子供だけど子供じゃない、と矛盾する言葉を吐いて地団太を踏むセタンタに、ランサーは人差し指をすっと立てて意地の悪い笑みを浮かべたまま。
「いいか? 好きな相手の髪を触るってのは、大人がする行為なんだよ」
「「え―――――?」」
セタンタ、エミヤ。高低の声がそろった。
「だからおまえにはまだ早い。エミヤは……まあ、年的にはセーフなんだがな」
中味がな、とにやにやするランサーに、子供と評されたふたりはきょとんと目を見開いている。大人のする行為?それって、
「やらしいことなのか!」
「セタンタ!」
このエロ兄貴!と何故だかランサーに罵倒を飛ばすセタンタに、とっさにしがみつくエミヤ。頭を撫でて抱きしめ、落ちつかせるようにセタンタ、セタンタと繰り返す。
「だってエミヤ、兄貴ってば昔からエミヤにやらしいこと、」
「違う! 違うぞセタンタ! だから落ちつくんだ!」
教育係のエミヤのせいで、色事関係には疎いセタンタでも“やらしい”くらいはわかる。よくないことだ。
「オレだけなのに! オレだけのエミヤの髪なのに!」
わあわあと叫んで暴れるセタンタをおさえながら、エミヤはランサーに恨みがましい視線を送った。
「ランサー、君な……!」
「オレは本当のことを言っただけだぜ、エミヤ」
そう言うと、ランサーは身を屈めてセタンタを抱きしめるエミヤの髪にキスをする。
「―――――!」
「ラ……!」
絶句するふたりにことさら晴れやかにさわやかに笑いかけて、ランサーは言った。
「ごちそうさん」


まあこういうことだ、と言ったランサーに、その後涙目のセタンタキックが炸裂したとかしないとか。



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