「エミヤ、ただいま!」
お決まりのセリフを言いながら部屋に駆けこむ。最近特に冷えてきたから、エミヤが編んでくれたマフラーをぎゅうと巻きつけて、そろいの手袋も装備して。
そういえば、あの後でエミヤは兄にもマフラーを編んでやる約束をしたらしい。
だから。
「おかえり、セタンタ」
大事はなかったか、と微笑むエミヤは編み針を手に毛糸とたわむれているのだ。
「オレとおそろい?」
「いや、色が違う」
そう言われても、セタンタにはわからない。えーと、と指先を宙に遊ばせて。
「色が濃い?」
兄貴の方が。
エミヤはうん、とうなずいて針を動かす。セタンタの困惑は運よく伝わらなかったようだ。それどころか口元に浮かべた笑みもそのままよくわかったな、なんて誉め言葉をよこしてくれた。
「ラインの色は変わらないんだがな、地の色が少し深いんだ。ランサーにはその方が似合うと思って」
「そうなんだ」
へえー。
つぶやいて三分の一ほど出来上がったマフラーを見る。そう言われると、確かに畳んで置いてあるセタンタのマフラーとは色合いが違うような?うん、そう言われると確かに。
だって兄とおそろいなんて嫌だ。
本人に聞かれたら笑顔でヘッドロックを食らいそうなことを内心でつぶやいて、セタンタは膝を抱えた。なんだか寒気がする。
兄の笑顔は大体がよくないことの前兆だ。
バイト先では、営業スマイルが女性に人気らしいけど。
でもあの紅茶とケーキは美味かった、とゆりかごのように揺れながら、セタンタはエミヤの横顔を見た。
眼鏡をかけ、真剣な表情だ。
声をかけるのはためらわれる。
ためらわれる、からセタンタは無言でその横顔を眺めた。
……きれいだ。
「セタンタ」
はっと覚醒する。
さっきまで真剣な顔をしていたエミヤは微笑んでいて、畳の上に置かれたランサーの分のマフラーは先程より大分進んでいた。
ずいぶん長いあいだ見惚れていたのかとセタンタは思って、それも当然だろうとうんうんとうなずいた。
真剣な顔のエミヤは、ぴんと張り詰めた弓の弦のようではかなく、そして強いというずいぶん異なった印象をセタンタに与える。
矛盾しているものは美しいとかそういうことをテレビでは言っているけれど、難しいのはセタンタにはよくわからない。
けれど、そういうことなのかな、とは思う。
真剣な顔のエミヤはきれいだ。
「あ、でも笑ってるエミヤもきれいだと思う!」
「?」
不思議そうに首をかしげるエミヤだった。


夕飯の席で―――――もう、そんな時間だったのだ―――――セタンタはエミヤにたずねてみた。
「エミヤさ、」
「うん?」
「自分のは、作ろうとは思わないのか?」
「自分の?」
「マフラーとか」
ああ、と答えるとセタンタへ茶碗を渡して、エミヤは微笑む。
「これは趣味だからな。誰かに作ることばかり考えていて、自分のことなど考えてもいなかったよ」
「誰かにばっかり?」
「ランサーのマフラーを編んだら、次はセイバーにと考えていた」
確か、そういえば白い毛糸があったような気がする。あれがセイバー用だろうか。
「じゃあ、それが終わったら?」
「うん、凛や桜やライダー……それに大河にもねだられていたな。キャスターには編み方を教えるように言われていた」
「げ、魔女にかよ」
キャスターの名を聞くと食事中でも顔が歪む。苦虫をまとめて噛み潰したような顔になりながら、セタンタは焼き魚に箸をつけた。
「んー……じゃあさあ」
身を一生懸命ほぐして、白米といっしょに口の中に入れながら。
箸をかちかち言わせて、セタンタはもごもごつぶやいた。
「オレにも教えてくれよ、エミヤ」
「教えるとは、編み方を?」
「うん」
少し考えるとエミヤは、眉を寄せて問いかけてくる。
「難しいぞ?」
「うん」
オレがんばる、とそれにうなずき返す。
「マフラーとかは無理かもしれないけど、なんか……なんか、オレもエミヤに作ってやりたい!」
言いきったセタンタに驚いたような顔をして、エミヤは箸を止めた。
エミヤ?とセタンタが名を呼ぶと我に返ったように目をまばたかせて。
「ああ―――――それは、うれしいな」
エミヤは、にっこりと笑った。


それからだ。セタンタが休み時間にサッカーボールとでなく、編み針とたわむれるようになったのは。



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