昼下がり、宿題を終えて暇になったセタンタはとりあえずエミヤのところへ行こうと廊下を歩いていた。すると、庭の方が騒がしいのに気づいて足を止める。
「?」
首をかしげて。
とりあえず原因を突き止めようと庭へ向かった。
長い廊下をてくてく歩いて、なんだろうと思いながらセタンタはあれこれ可能性を挙げてみる。騒がしいといえば、兄だ。これは鉄板。……ランサーとエミヤが、庭でなにかしている?
仲良く……うん、充分にありうる。悔しいけれど。だけどそれでこんなに騒がしいだろうか。あのふたりはこんなにうるさく仲良くするようなタイプではない。と思う。
ならば?
―――――は、とセタンタはまた足を止めた。
エミヤのように、みるみるうちに眉間に皺が寄る。
「喧嘩……!?」
だめだ!
それはだめだ!
あのふたりが喧嘩するなんて駄目だ、絶対に。急に不安になってセタンタは胸元を押さえる。想像する。険悪な雰囲気の中、なにごとか言い合う彼らを。
「…………ッ」
と、急速に胸が苦しくなって、セタンタはぶんぶんと首を振った。そうして、廊下を走りだす。
誰かがいたら怒られたろうけど、幸い誰もいなかったから平気だった。怒られてもセタンタは決して止まらなかったろうけど。
庭に近づくにつれて声が聞こえてくる。エミヤと。ああ、やっぱり兄の声もする。
セタンタは叫んだ。
「ふたりとも……!」
けんかはだめだ、と続けようとした彼はそこで固まる。目に飛びこんできた光景に、あれ?と思考を空白にした。
「セタンタ。宿題は終わったのか?」
「……え?」
庭の中心には、エミヤがにっこり笑って立っている。その隣にはいつものように煙草のフィルタを噛んでいるランサー。
あれ?
喧嘩、してない?
ふだんどおり……?
「セタンタ?」
「……あっうん、終わった、けど、」
「けどなんだ」
はっきりしねえなあ、とポケットに手を突っこんだまま自分を見やる兄にセタンタはむっと頬をふくらませる。
「なんだそのいいぐさ!」
オレは心配して!
にぎりこぶしで叫ぶセタンタに、ランサーははあ?と怪訝な顔を作って、
「なんでガキにオレが心配されねえとならねえんだよ」
「オレが心配したのは兄貴じゃなくてエミヤと……っ」
正しくはエミヤとランサーだ。だからセタンタはぐっと言いよどむ。その様子にエミヤは眉を寄せ、ランサーはますます怪訝そうな顔をする。セタンタ、とエミヤが声をかけてきたそのとき。
みゃあみゃあ。
なーお。
「え」
聞こえてきたふたつの声。鳴き声だ。
セタンタはにぎりこぶしをほどいて、声のした方を見やる。
と、そこには。
「あ……!」
じゃれあう、こねこさんとかつてやってきた闖入者、おおねこさんの姿があったのだった。


「庭の掃除をしていたら、やってきてな」
エミヤは縁側に腰かけてセタンタに笑いかける。小さなこねこさんと大きなおおねこさんはとっかえひっかえ体勢を変えながら、みゃあみゃあなおなおと騒がしくしている。なるほど、やかましかったのはこれか。
「好きなときにいつでも来るといいと言ったのを覚えていたのだろうよ」
頭のいい猫だ。
エミヤはうんうんとうなずいた。
ランサーはフィルタをがじり、と噛んで空を見上げる。
「昼間っから猫とじゃれあってるとはおまえも暇だな、エミヤよ」
おまえ昔から動物好きだったからな。
そう言って長い足を庭へと投げだした。猫たちはそれに一瞬動きを止めたが、すぐに遊びを再開する。
「それにしても仲いいな、あいつら」
「ふむ。もしかしたら、私たちが知らぬ間に何度か会っていたのかもしれん」
「ありえない話でもねえな」
「そうだろう?」
……なんだ。
心配することじゃなかった。
セタンタは下を向いて、兄と同じく足を庭へと投げだす。エミヤとランサーはいつもどおりだ。喧嘩なんてするわけがないのだ。
ちえ。
なんとなくぶすくれた気分になってセタンタが足をぶらぶらさせていると、エミヤが問うてくる。
「どうした? セタンタ」
「えっ」
「機嫌が悪いようだが……」
まずい。
気づかれたか?
エミヤは心配そうな顔をしていたが、やがて微笑んで。
「大丈夫だ」
「え?」
「こねこさんは君を忘れたわけではない。ただ、友達と遊んでいるだけだ」
だからそうむくれるな、と言って兄弟に挟まれるように位置したエミヤは手を伸ばし、ぽんぽんとセタンタの頭を撫でた。
「…………」
「セタンタ?」
「……エミヤ」
違う。
違うけど、いいや。
そんな気持ちになって、セタンタはぎゅうとエミヤに抱きついた。この肝心なところで一歩ずれたあたりがエミヤらしい。
かわいい。
オレのエミヤ。
「結局なんなんだ、おまえはよ」
ランサーが呆れたように言ったが、セタンタはそれをあえてきれいに無視した。
庭では、猫たちがぱたぱたと遊んでいる。



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