セタンタが学校から帰ると、居間の炬燵の上にちょこんと小さなハート型の箱が置かれていた。
なんだろう。
不思議に思ってちょうどやってきたエミヤにたずねてみれば、ああ、とうなずいて、
「凛たちが遊園地に出かけたそうだ」
「土産?」
「うん。開けてみるといい」
それは赤くて白くてピンク色で、ものすごく女の子という感じだったけれど、エミヤが楽しみにしているようだったのでセタンタは蓋を開けてみた。ぱかっと。
中には数々のちいさなちいさなシュークリーム。
「わあ」
ひとつひとつパッケージされたそれを、セタンタはつまみあげて感嘆の声を上げる。その顔を満足そうに見ながらエミヤは立ち上がり、青い頭をぐりぐりと撫でて笑った。
「夕飯前だが、小さいからな。いくつか食べてもいいぞ」
「ん」
セタンタは甘いものが好きだ。そう言われたならば食べねば。
いただきますと手を合わせるとひとつを手に取った。エミヤはにこにこと笑っている。
小さなシュークリームはひとくちで食べ終わってしまう。ひとつ、またひとつと食べながら、ふとセタンタは思いついたように言った。
ぱっと顔を輝かせて。
「エミヤ!」
彼はエプロンをしているところだった。夕飯の支度をするのだろう。
不思議そうな顔をして首をかしげる。
そんなエミヤに、セタンタは身を乗りだすと叫んだ。
「オレ、エミヤの作ったシュークリームが食いたい!」


わくわくが止まらない。
夜遅くに起きているのもそうだし、隣から漂ってくる甘い匂いといったら、もう。
“絶対起きるから! ちゃんと起きるから!”
にぎりこぶしで訴えればエミヤは困った顔をした。―――――君が寝ているあいだに作っておくというのは?
そんな提案に思いきり首を振る。横にだ。
“オレも一緒に作りたい!”
さらに身を乗りだして叫べば、エミヤは眉を寄せる。だが、口元が苦笑に彩られているのをセタンタは見逃さなかった。
ぱしんと両手を合わせてお願いだから!と拝んでみせる。目を閉じて力をこめていたところをゆるめて、ちらりと片目だけ開けてみれば。
―――――仕方ないな。
そう、承諾してくれたエミヤの姿があった。
「セタンタ、クリームの火を止めてくれ」
生地を絞りだしながら言うエミヤにうなずいて、セタンタは言われたとおりにする。とたん甘い匂いが漂ってうっとりしそうになって、慌てて等間隔に生地を絞りだしているエミヤを見た。
「…………」
「だいじょぶ!」
視線が合ったから、とりあえず力いっぱいうなずいておいた。
その顔にシュッとひんやりしたものを吹きつけられてセタンタは目を白黒させる。なんだか顔がしっとりする。
どんぐりまなこをぱちくりしていると、くすくす笑うエミヤは手にした霧吹きを示してみせ。
「真面目にやらないと、無理矢理布団に入れてしまうぞ?」
「やだ!」
「ならぼうっとしないことだ」
「ちゃんとやるから、ちゃんとやるからさ、エミヤ!」
「わかった、わかったから」
あまり大声を出してはいけない、と指先を唇に押し当てられたセタンタはぐんぐんとうなずく。
「それで、それなんだ? エミヤ」
「霧吹きだ。これで生地に水分を与えて、ふくらみをよくする」
「へえ!」
エミヤってほんと料理のことはなんでも知ってるんだな。
感心したセタンタは、次の指示を飛ばされて早急に動く。鍋にバターを落として、クリームと混ぜ合わせるのだ。
本当は霧吹きにも少し興味があったのだけれど。
真面目な顔でエミヤが取り組んでいるから、その横顔を見るだけで満足しておいた。


チーン、とオーブンが鳴る。
「次が出来たか……」
その音に反応したエミヤに、セタンタはクリームを詰める手を止めて顔を上げる。
台所のテーブルの上は、いつのまにか小さなシュークリームが花盛りになっていた。“これでもすぐになくなってしまうな”とは作っている最中のエミヤ談。苦笑しながら言うから、そうかな?とセタンタは答えたけれど、考えてみればこの家には護衛に、兄もいる。
ランサーも甘いものが好きだから、きっとすぐにこれだけのシュークリームもなくなってしまうだろう。
「食べもの作るのって大変だよな……」
前も思ったけど、とマドレーヌを作ったときのことを思いだす。けれど、あれは楽しかった。
そして今も。
台所は甘い匂いでいっぱいだ。その匂いをめいっぱい吸いこむと、セタンタはよし、と気合いを入れた。
「どんどん片づけちゃおうぜ、エミヤ!」
オレがんばる!
甲高い声で、しかし大声でなく言ったセタンタに、エミヤは瞠目すると。
「ああ」
答えて、にっこりと微笑んだのだった。



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