「…………」
「…………?」
じっと注がれる視線に、エミヤは首を捻った。セタンタがエミヤに熱い視線を注ぐのはいつものことだが今日はなんとなく感じが違う。
ぶ厚い本―――――おそらく辞典―――――を手にして真顔で、じっと。
さすがに少し居心地が悪くなってもじもじと身じろぎをする。
「な、あ、」
「…………」
「セタン、タ?」
「…………」
唐突にばたん、と畳に倒れたセタンタにエミヤはぎょっとした。うー。低く唸る子供に慌てて駆け寄り、その顔を覗きこんだ。
「どうした、セタンタ!」
「わかんねえ……」
「は?」
「エミヤ、ごめんな……」
謝られても理由がわからないことには。
とにかく抱き起こそうと手を伸ばしたエミヤが見つけたのは、畳に転がったおそらく辞典のようなもの。
足をばたばたさせて喚くセタンタをとりあえず放っておいて、エミヤはその辞典を手に取った。
……漢字辞典?
倒れたセタンタに視線で問うてみれば、熱でも出したかのように額を押さえて間延びした声を出す。
「今日は漢字の日だって、学校で言ってたから」
「……たから?」
「エミヤを表す漢字って言えばなにかなって」
探してたんだけど。
わかんねえ。
「オレ、漢字苦手だったんだあ……」
はあ、とぼんやり相槌を打つ。そういえば昼食のときテレビでそんなことを言っていたような、いなかったような。
それにしても彼は予想だにしないことを考えつくものだ。
エミヤは苦笑して、
「仕方ないな。ほら、いいから起きるんだ。そんなところに寝転がっていると、」
危ない、と言いかけたエミヤの言葉は中途で途切れた。


ごん。


「―――――ッ……!」
「お?」
唐突に襖を開けて入ってきたランサーの長い足が、寝転がっていたセタンタの頭を蹴った。サッカーボールかなにかのように。
……そんなに、そんなにひどくはなかったけれど。それでも相当のダメージを受けたようで、セタンタは頭を抱えてぎゅうと丸まった。
「……ってえ……!」
「セタンタ!」
じたばた、と畳を足で叩くセタンタの頭に手を伸ばそうとして、ためらうエミヤ。撫でていいのか悪いのか。
とりあえずその場に突っ立っているランサーを睨みつけてみた。
「…………」
「なんだよ、オレが悪いのかよ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「……へえへえ、オレが悪うござんした」
頭を掻きながら言うランサー。幼なじみの視線には弱い。
「で、一体今日はなんなんだ」
今日は、というところが心得ている。
謝ったものの数秒後にはけろりとした顔でその場にあぐらをかいたランサーは、エミヤからの説明を聞くとしばらく物思う様子を見せて。
「白?」
「は?」
「ああいや、だが肌の色が黒いもんなあ……」
まさか?
「ランサー。君、もしかして」
「いやよ。オレもバイト先で聞いたもんだからよ、なんとなく気になって」
「……はあ」
やはりセタンタの兄だ。
まだ呻いているセタンタの頭を正座した膝の上に乗せて、エミヤは呆気に取られる。
「艶」
「何を言いだすのかね君は!?」
「誉め言葉なんだがなあ」
「どこがだ!」
「ったくお堅えよな」
しばらく考えて。
ランサーは真面目な顔をすると、これだ、といった風に。
「母」
「それだ!」
「どれだ!?」


ということで。
エミヤを表す漢字は、兄弟一致で“母”に決定したのだった。



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