夕食のときから、おかしいと思ってはいたのだ。
いつもなら口数が多いセタンタが、割と言葉少なくおかずを片づけ、おかわりもしなかった。
だけど、にやにやしていた。
すごく。
露骨に。
ランサーがこっそりと耳打ちしてきたくらいに。
「エミヤ」
「ああ……」
「ありゃどうなんだ?」
「…………」
うん。
どうなんだろう?
それでも追究することはついぞ出来なくて、なにかしらあって機嫌がいいのだろうという結論に至ったのだった。ランサーは食後の煙草―――――相変わらず火はついていない―――――を口にして居間でテレビを見ている。
エミヤは食器を洗うため台所へ移動した。ランサーとセタンタに、いい加減になったら風呂に入るのだぞ、と言い残して。
スポンジに洗剤をつけて茶碗を洗う。少量できれいに汚れを落とすのがミソだ。つけすぎればいいというものでもない。生真面目に三人分の食器を洗っていると、くいくいとエプロンの裾を引かれてその存在に気づいた。
「セタンタ」
にんまりと笑うその頬は薔薇色に上気している。といってもまだ風呂に入ったわけではなさそうだが。
泡をすすぎ、水を止め、最後にタオルで濡れた手を拭うと、エミヤは目線を合わせるようにその場にしゃがみこんだ。
なにかを。
隠そうともせずに笑む、赤い瞳。
なのに、手を後ろに回してなにかを隠している。
へへー、と、セタンタは得意そうにしっぽを揺らした。
「エミヤ、エミヤ、あのな」
「どうした?」
「できたんだ!」
出来た。
とは、何がだろうか。
首をかしげていると、セタンタは、
「編み物!」
そう、はつらつと言ったのだった。
―――――その言葉に、エミヤの記憶が蘇る。そういえば数日前にこんなことを言われた。
“マフラーとかは無理かもしれないけど、なんか……なんか、オレもエミヤに作ってやりたい!”
それが出来た、ということだろう。
こつこつと進めていてくれたのか、とエミヤはうれしくなって胸元を押さえた。
「すごいじゃないか、セタンタ」
賞賛すれば照れたように頭を掻く。そうだ、この子供はやれば出来る子なのだ。
「オレ、エミヤのために一生懸命がんばったんだ」
「そうか」
ただひたすらにうれしくなってエミヤはますますぎゅうと胸元を押さえる。なんて。
……なんて、良い子なんだろう。
小父様小母様、セタンタは素晴らしい人間に成長しました。
抱きしめたい。
抱きしめて頭を撫でてやりたい。
そんな衝動を抑えつつ、エミヤは声なく感動した。
「エミヤ、手出してくれよ」
「ああ」
うなずいて、そっと手を出す。
その上に乗せられたのは。
「…………?」
ちょこんと小さな毛糸の……輪?
「セタンタ、これは」
「指輪!」
言いきった。
笑顔で。
「オレ、編み物初めてでよくわかんなくってさ。いろいろ挑戦してみたんだけど、そしたら最終的にそれが出来て……」
毛糸の指輪。
エミヤは目をぱちくりさせていたが、セタンタがあまりにも無邪気なのでふ、と噴きだしてしまった。
そうして、指輪をつまみあげて問いかける。
「セタンタ?」
「ん?」
「これは、どの指にはめれば良いのかな?」
組み合わせた指をもじもじさせていたセタンタは、それを聞くとぱあっと顔を輝かせて、もちろん、と言った。
「もちろん、薬指だ!」
「ならば、君がはめてくれ」
「うん!」
もう満面の笑みを浮かべてそう答えたセタンタに、エミヤはそっと左手を明け渡す。その手に乗せられた指輪を持ち上げるとセタンタは神妙な顔で薬指にそれをはめようとする。
はめようとした。
はめようとして。
はめようとしたのに。
「……あれ?」
「……うん?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
長い長い沈黙の後、セタンタは途方に暮れた様子でつぶやいた。
「はいらねえ……」
そのまま落ちこみコースに移行しようとしたセタンタを、エミヤは慌てて引き止める。それはこれまでにない慌てっぷりだった。
「セタンタ! 待て、大丈夫だ! 小指なら……小指なら入るぞ! ほらセタンタ!」
「薬指じゃねえとだめなんだ!」
「……何やってんだ、おまえら」
騒ぎを聞きつけたのかいつのまにかやってきていたランサーは、呆れたようにそう言うとがじり、と煙草のフィルタを噛んだのだった。
セタンタの編み物挑戦―――――失敗。



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