休日の子供は起きるのが早い。
川の字、左端で目を覚ましたセタンタはしばらく枕に頭を預けたまままばたきを繰り返した。目の前のエミヤの寝顔。
それがなによりも尊く、きれいなものに思えて、実際そうなのだと実感して、ひとりぐんぐんとうなずく。
差しこむ朝日に照らされて輝く白い髪は奇跡みたいだ。
きれいだ。
とても。
とても、きれいだ。
下手に体を起こしたらエミヤの目を覚ましてしまいそうで、セタンタは動かないことにした。起こしかけた頭をぽすんと枕に戻し愛しい人の寝顔を眺める。
エミヤは寝るとき、前髪を下ろす。そうすると少し幼くなって、かわいくなる。とセタンタは思う。
前髪を上げているエミヤはきれいで、前髪を下ろしたエミヤはかわいい。
もちろんそうでなくてもきれいだし、かわいいときも全然あるけど。
エミヤはすごい。
ぼんやりとセタンタは年上の教育係に見惚れる。
なんでも出来るしなんでも知ってる。だけど、守ってやらなくちゃ。
だってオレはエミヤの。
そっとその名前をつぶやいて、セタンタは身を起こした。見惚れているうちに、なんだかたまらなくなってしまって。
「エミヤ」
もう一度名前をつぶやく。
エミヤは、寝息を立てている。セタンタは笑って、その髪をさらさらと撫でた。指通りがいい髪、セタンタと同じシャンプーの匂い。
安らかな寝息を聞くとセタンタまでなんだかうれしくなってくる。ああ、オレがエミヤを守らなくちゃ。
この寝顔をだいなしにするものから、すべてのものから守ってやらなくちゃいけない。だって、好きなんだから。
好きな子は守ってやらなきゃならない。
静かに髪から指先を引くと、セタンタはその髪に唇を、
「……なにやってんだ、ガキ」
よせようとしてアイアンクロー(弱)を食らった。
「! !? !!! ―――――! ! ! !」
じたばたと暴れるセタンタの耳に、呆れたような声が届く。この聞き覚えのある声は、そうだ。兄だ。
考えるあいだにもみしみし頭蓋骨が音を立てる。悲鳴は出さない、根性で押さえる。
ぎりぎりぎりぎり。
「こっ、のっ、やばんじん兄貴っ!」
あくまでも小声で唸ればランサーはなにをまた、といった顔でセタンタを見た。
「寝てる相手に襲いかかろうとしたエロガキがなに言ってやがる」
「そんなことしてねえ!」
「してただろうが」
「し、て、ね、え」
睨みつける。ランサーはわざとらしくため息をついた。
「エミヤもな。無条件で信じてたってのにまさか寝こみを襲われるたあ思ってもなかっただろうな。かわいそうにな」
「し、て、ね、え!」
あくまでも小声で。
爪を立てて引っかけば、ようやっと食いこんだ指は外れた。ふうふうと息を吐いて、セタンタは痛む頭を押さえる。
なんか、もしかして中味とか出てやしないだろうか。もしかしての話。
それを真面目に確かめると、セタンタは兄をきっと睨む。兄はその大きな手で頭を掻きながら大あくびをした。
「……兄貴だって」
「なんだ」
「兄貴だって、簡単にエミヤにキス、するくせに」
「オレのは挨拶だ」
「それでもキスはキスだ!」
速やかにランサーは手を伸ばす。口を押さえられたセタンタは目を白黒させた。しー、とわざとらしく人差し指を立てて。
「エミヤが起きるぞ」
「! !! …………!!!」
ぶんぶん横に振って、こくこく縦にうなずけばランサーはよし、と言って手を離す。
息を吸って吐いて、じっとりと見つめてもそしらぬ顔。
「……エミヤにやらしいことするために、起こさないようにしてるんじゃないだろな」
「浅はかなこと言ってんじゃねえぞガキが。オレはな、少しでもこいつを眠らせてやりたいと思ってるだけだ」
日頃、起きてるあいだはこまねずみみたいに動いてやがるからな。
そう冗談のように言って笑って、ランサーはエミヤの頭を撫でる。あ、とセタンタは言いかけたが、兄の表情が思いのほかやさしかったので口をつぐんだ。
「兄貴も」
「あ?」
「……なんでもねえ」
自分と一緒なのか、と。
聞きたかったがどうにもやられっぱなしで悔しくて、聞けなかった。オレがいちばんだ、いちばんエミヤを好きなんだ、と呪文のように内心でとなえるセタンタの頭を、大きな手が乱雑に撫でる。
うつむけていた顔を上げて見てみれば、そこにはまた布団に横たわろうとしている兄の姿があった。
「まだ早い。もう一度寝ろ」
そう言われて時計を見てみれば、確かにまだ起きるような時間ではなかった。
エミヤの起床時間までは、もうすぐだけど。
「……ん」
セタンタは枕に頭を乗せる。それから、エミヤの顔を見て。
その鼻先に、急いでちゅっと音を立ててキスをした。
兄は背を向けて毛布をかぶっていて、それを見ていたのか、いなかったのか。とにかく何も言わなかった。
エミヤはオレが守る。
そう、誰にともなくつぶやいて、セタンタはまぶたを閉じた。



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