何故か、嬢ちゃんたちの顔が脳裏に浮かんだ。
セイバー、トオサカの嬢ちゃん、マキリの嬢ちゃん、イリヤの嬢ちゃん。そしてライダー。……うーん。
まあ気のせいだろう。
そう頭の隅っこに片づけて、シロップの用意を始めた。今日のバイトはカキ氷屋のバイトだ。イチゴにレモンにメロンにブルーハワイ、グレープなんて変り種もある。ちょっと失礼して舐めてみたが、どうも味は全部同じように思えた。なんだ。アレだ。
ブランドものなんかと一緒で、色で味も区別してるんだろ。そうだ、たぶん。
あの神父のマーボーの赤が辛味をさらに増すように。
「…………ッ」
やべえ。
夏なのに寒い。
不吉な記憶をぶるぶると頭を振ることで脳裏から追い払って、せっせとバイトの準備に努めた。
またなー、と手を振る。ふたり連れの嬢ちゃんたちはそろってイチゴ味を買っていった。きゃあきゃあとはしゃぎながら走っていく後ろ姿を見て、転ばないもんかと思ってしまう。なんだ、あの浴衣ってのはいいものだ。鮮やかだしなにより夏だけってのがいい。
刹那的な思想を持ってるわけじゃないが、一時的にしか見られないっていうのは得した気分になれる。
男も粋なものではあるが、やっぱり嬢ちゃんたちのものだろうな。
「ランサー。カキ氷六つ。イチゴみっつにレモンにミルクにグレープひとつずつ」
「はいよー。……って、リン嬢ちゃん!?」
笑顔で返してから、それが聞き覚えのある声だったのと“ランサー”と名前を呼ばれたのに驚いて声を上げてしまう。すると、そこには予想通りの赤い浴衣を着た彼女の姿があった。
しかもセイバーも、桜も、イリヤも、ライダーまでも。
…………?
それと、見かけない少女がひとり。
カラーリングはどこかで見たような気がする。凛と同じ赤い浴衣に、白い柄と小さな金魚があしらってある。胸は、すごく大きい。目も。睫毛はばしばしだ。
思わずじっと見ていると、その少女はつぶやいた。
案外低めの声だった。
「……なにをまじまじと見ているのかね、ランサー」
減りそうだからやめてくれたまえ。
は?
「って、その口のききかた」
「そう! 勘がいいのね、それとも愛かしら?」
さすがよランサー、などとくるくる回りながらイリヤが言う。手にはわたがしを持っていて、それがまたよく似合った。だけどまわりの人間にぶつからないかが少し心配だ。
「愛かな。―――――じゃねえよ。いや、愛だけどちげえよ。なんでそんなことになってるんだ?」
アーチャー。
そう呼ぶと少女……弓兵アーチャーは観念したように、くっと唇を噛む。なんだ?なんでだ?なんでこんなことになってる?
あらためて上から下までじっとアーチャーを見る。いつも上げている前髪は下ろされていて、概念武装の胸の飾りと似たような花飾りがちょこんとつけられていた。
「だからっ、そうじっと見るなとっ」
「あ? あ、ああ、悪りぃ」
頬を真っ赤にして照れるアーチャーはかわいい。いつもかわいいけれど、これはまたこれで妙なかわいさがある。
なんだかこっちまで妙な気分になって、顔が赤くなるのがわかった。
「ちなみに、そいつは一体どういう状況でそうなった?」
「そりゃあ……」
「もちろん」
「…………」
「イリヤスフィールの成し遂げた快挙です」
上から凛、桜、ライダー、そしてセイバー。濁す凛、困る桜、無言のライダー、思いっきりぶっちゃけてしまったセイバー。おおかたの予想通り両手にいっぱい夜店の食べ物を持ちながらもその手でグッジョブ!と親指を立てている。
前に中指を立てて大騒ぎになったことがあったっけ。
「……やっぱりか」
「うん! 実はわたしね、お姉ちゃんも妹も欲しかったのよ」
誠に愛らしく笑ってみせるアインツベルンのお嬢さま。とすると、なにか?それで、アーチャーに白羽の矢が立ったと。
でもってセイバーの親指も立ったと。
そういうことか。
「しかしすげえな。アインツベルンの秘術は。……ほらよ。たっぷりミルクかけといてやったぜ」
「ありがとう。とっても甘そうでわたし好みだわ。それで? こちらのほうもあなた好みに仕上がってるでしょう? これ、アーチャーが女の子として産まれたらこうなってるって結果なのよ。避けられない運命ってわけね。男のときも童顔だったけど、女の子になるとさらにすごいでしょう」
「すげーっつーか……特盛りだな。うん」
「人を牛丼かなにかみたいに言わないでくれないか!」
アーチャーが叫ぶとまわりの奴らがざわりと怪訝そうに振り返ったり、視線を飛ばしたりする。アーチャー!と凛が軽く肘鉄を飛ばして、間違えて胸に当ててしまってぽよんと跳ね返されていた。
エアバッグ。
「…………すごいわね。悔しいけど」
「すごいでしょう!」
「どうしてあなたが誇るのですか、セイバー」
薄い胸を張るセイバーに呆れるライダー。まずい。胸に視線が行きがちになっている。
アーチャー相手ならともかく、嬢ちゃんたち相手じゃまずい。アーチャーならいいのか?と言われそうだが、いいのだ。
だってこれは徹底的にオレのだ。他の誰のでもねえ。決定的に、断定的に、オレのだ。そう決まってるから、いいのだ。
「はいはいすげえのな。……ほらよ、セイバーのレモンとライダーのグレープ。あとはイチゴみっつな」
「あ、気が変わったわ。四つにしてちょうだい」
「別にかまわねえが、なんでだ? 坊主の分か?」
「なに言ってるの、ここからじゃ家に帰るまでに溶けちゃうじゃない。それに衛宮くんは柳桐くんと一緒に学校に居残りだからいいの」
あとでなにか買っていくわよ。
そう言う凛にへえ、と頷いてから、ランサーははて、と首をかしげた。
「じゃあなんでだ」
「あんたの分よ」
「は?」
「イチゴ味。好きなんでしょ? ……交代、来てるわよ」
言われて指差された方を見てみれば、確かに交代人員の姿。
「あれ?」
だけれど、早い。あと三十分ほど労働時間は残っていたはずだ。
それを言うと相手は、こっそりとアーチャーを指差して笑ってみせた。ほら、あれ、
「ランサーさんの彼女でしょう? あんなかわいい子が相手だなんて、隅に置けませんね」
「な!」
あ、聞こえていた。
相手は慌てて手を振ると、急いでカキ氷をふたつ作ってこちらへと手渡してくる。
「はい、それじゃ俺代わりますから。どうぞお二人で花火でも見てきてください」
そろそろ始まりますから。
ひらひらと手を振って言う。そうされてしまえばアーチャーは相手に手が出せない。なにしろ、相手は一般人だ。正義の味方がどうこうする相手じゃない。
「……んじゃ、行くか」
「な!ちょ、こら、ランサー!やめないか!離せ!」
「離しませーん。ってうっわ。やらけえ。なんだこりゃ」
「ただの手だ!変な言い方をするな、誤解を招くだろう!」
「あんまり大きな声出すんじゃねえよ、そっちこそ誤解招くだろ」
ぽんぽんと飛び跳ねるようなテンポで会話。
引きずられるように歩いていくアーチャーは屋台の方を振り返って、凛!と叫ぶ。まるでさらわれるどこかの令嬢だ。
じゃなにか。こっちはそれをさらっちまう悪役かなにかか?
…………。
まあ、役得だしいいか。
「ランサー! ランサー、ランサー、ランッ」
「あ?」
急に詰まった声に振り返ると、アーチャーが派手にバランスを崩すところだった。石段の差についていけなかったらしい。
倒れかかってくるその体を抱きとめると驚くほど柔らかかった。
「おい、大丈夫かよアーチャー?」
「……いたっ」
大丈夫じゃなかったらしい。
胸板に顔をくっつけ、眉間に皺を寄せている表情を見るとああ、アーチャーだ、と思う。右足首に力が入らないようなので、人気のないところへ連れていくと足を見てみた。どうやら捻挫をしているようだ。
「悪かった。……いてえだろ」
「別に」
「嘘つけ」
額を指先でつつくと面白いくらい簡単にのけぞる。軽い。その頭を捕まえて、前髪を持ち上げて額にくちづけてみる。
馬鹿みたいにかわいらしい音が鳴って、薄暗い中でも褐色の頬が赤くなるのが見えた。
「ラッ、ランサー!」
「へへ」
笑うと軽い体を抱き上げて、額にかかった髪をかき上げてやる。体温がいつもより高く感じるのは気のせいか?
「ここからじゃ花火も見えねえだろ。ちょっと待ってな」
ひとことそう言うと、たんと地面を蹴る。加速。
一足飛びでアーチャーを抱えて境内の屋根の上に飛び移った。
するとどん……と地上にいるよりも大きな音と光の華。小さな体に響いたのかアーチャーは身をすくめるとおそるおそる夜空を見上げた。
「…………」
口を丸く開けて見ている。それが無邪気で、つい笑いだしそうになってしまうが興を削ぐのでやめた。
あぐらをかき、そこにちょうどアーチャーを収めて頬杖をつく。
咲き乱れる光の華。小さな白い頭。
器用にその両方を眺めながら、ランサーはゆったりと心が広がっていくのを感じていた。
帰りは上手に歩けないアーチャーをおぶって帰った。彼女は必死に否定したがいいから甘えろ、つか今日くらいは甘やかせろ、と言い含めた結果である。
決して背中に当たる感触が素敵だったとか、素晴らしかったとか、そういう理由では、ない。
ないのだ。
END