何故か、英雄王(小)の顔が脳裏に浮かんだ。
……なんでだ。
つか、縁起悪りい。
にぱっと笑うあの出来のいいお子様キングの顔が脳裏から離れない。王嫉妬。違う。オウシット。
……仕事の準備でもするか。クーラーボックスからタコのぶつ切りを取り出す。今日のバイトはタコ焼き屋のバイトだ。あとは小麦粉と……水と。ああもうなんだ。頭から離れやしねえ。恋か。違うな。変だ。変。
ぶるるるっと勢いよく頭を左右に振ると、アーチャーアーチャーと呪文のように唱えながら仕事に励んだ。
だが失敗した。
あの英雄王(小)もアーチャーだったのだから。
「どうもありがと〜……」
力なく手を振る。ふたり連れの嬢ちゃんたちはタコどれだけ入ってるう?などとはしゃぎながら去っていく。ごめんな。ぼーっとしてタコ入れ忘れたかもしれねえ、と内心で独白した。つか、“焼き”売っちまったかもしれねえ。マジでごめん嬢ちゃんたち。
だけど、なんだ、あの浴衣ってのはいいものだ。鮮やかだしなにより夏だけってのがいい。
刹那的な思想を持ってるわけじゃないが、一時的にしか見られないっていうのは得した気分になれる。
―――――あー。
アーチャーに会いてえ。赤い方のな。
「あ、すいません! タコ焼き一パックください!」
「はいはい」
今度は子供の客がやってきたようだ。甲高い声に顔を上げて対応しようとして固まる。
「ギルガメ……ッ」
「えへへ、こんばんは! ランサーさん!」
最悪だ。
目の前にいるのは満面の笑みを浮かべた小さな英雄王。金髪がネオンにまぶしい。明るい水色の浴衣になにやら錦糸で豪奢な刺繍がしてあり、帯は黄色。手にはうちわを持って、完全に夏祭りを楽しんでいるご様子だ。
「おまえ……なんでここに……」
「やだな、ボクって結構すごい情報網持ってるんですよ? お友達が多いんです。まあ、心からの親友はいないんですけどね!」
あははは、と笑う。
おい。コイツ、今すごい悲しいこと言わなかったか?
「それはそうとして。毎日バイトに明け暮れるランサーさんにお土産を持ってきました」
「は? 土産?」
「はい、ボクとマスターからのお土産です」
「いらねえ。丁重にお断りします」
「え、なんでですか? きっと喜ぶと思うのになあ」
「い・ら・ね・え。アイツとおまえのコンビからのプレゼントなんて得体の知れないもん受け取れるか」
「ひどいなあ。マスターはともかく、ボクは善良ですよ。まあまず、現物を見てから判断してください」
小さな英雄王はにこにこっと微笑んで首をかしげると、近くの屋台の陰まで走っていく。?なんだ、誰か他にいるのか?……まさかあの陰険シスターじゃねえだろうな。
思わず腰が引ける。逃げる用意をして、それでも律儀に待っていると、小さな英雄王は誰かの手を引いて戻ってきた。
見たことのあるカラーリング。白い浴衣に黒で流れるような模様と、出目金が泳いでいる。背は小さな英雄王と同じくらい、つまりは子供。
あ?
もしかして、
「はい、ボクとマスターからのお土産です!」
“お土産”はしばらくもじもじとして小さな英雄王の後ろに隠れていたが、ついに意を決したように出てきた。
あ、やっぱり。
「……アーチャー?」
「…………」
こくん、とうなずく。
顔が赤い。照れているようだ。
「捕獲はマスターにお願いしました。衣装を用意したのはボクで、着替えさせたのはボクとマスターです。どうですか?」
いい仕事してるでしょう、と猫口で笑う小さな英雄王。
うん、確かに。
グッジョブ。
いや、そうじゃなくて、
「なんで縮んでるんだ? おまえ」
「……たくない」
「あ?」
「話したくない」
どうやら、落ちこんでいるらしい。仕方のない話か。仕方ないので小さな英雄王にたずねると、
「はあ。マスターの赤いアレで捕まえたんですけど……着替えさせようとしたら暴れるんですね。いくら拘束しても着替えさせるときは全部脱がせないとなりませんから、マスターの力も及びません。ですから」
「ちょっと待て。……全部?」
「はい、全部です」
「……はいてない?」
「たわけ!」
「ってえ!」
弁慶の泣き所を蹴られた。威力は落ちるがそれでも痛い。しかしこれはどうやら図星のようだ。アーチャーはいてない。
「続きいいですか?」
「あ、おう。いいぜ」
「それでですね、ちょっと改造したボク用の小さくなる薬を飲んでこの通り小さくなってもらいました! これならちょっとやそっと抵抗されても大丈夫です」
確か小さな英雄王が使ったのは本人をそのまま子供の頃の姿に戻す薬だ。アーチャーが飲めば坊主になる。
だがしかし、このアーチャーは普段のアーチャーがそのまま縮んだ状態だ。
改造。
なんでだか知らないが、英雄王グッジョブ(二度目)である。
「それでランサーさん、タコ焼きまだですか」
「あ?あ、ああ。悪りい。忘れてた」
「もう、駄目じゃないですか」
だって忘れるだろ。
こんなめくるめく展開が目の前で行われたら。
一パックを小さな英雄王に渡すと、ありがとうございますと言って千円札を渡してくる。
「あ、お釣りはいいです。それで今度ジェラートでも食べてきてください」
「そりゃどうも。……返さねえぞ」
「あははは。いいですよ、それくらい」
ワンコインでも金は金。ぐっとてのひらの中に握りこむと、アーチャーはぼうっと空を見ていた。
「おいアーチャー? どうした」
「…………あ」
振り向いた顔は気まずそうで。頬がまだわずかに赤い。
「そういえば、もうすぐ花火の時間ですよね」
小さな英雄王がさっそくパックを開けながらふふふと笑う。その助け舟に腕にしていた時計を見た。
……休憩時間まであと十分。充分だ。
「アーチャー、少し待ってろ」
「?」
ことんと首をかたむけるしぐさが愛らしいと思いつつ、にっかりと笑ってみせる。手にした硬貨をぴんと弾いた。
「とっておきの美味いタコ焼き作ってやるからよ。それ食ってから花火、見に行こうぜ。一緒にな」
アーチャーは目を丸くしてから、
「…………」
うんうんうん、と何度もうなずいてみせたのだった。
交代が済んで、人混みの中に繰りだす。うっかりするとはぐれてしまいそうなので、幾分強くアーチャーの小さな手を握る。
本当に小さな手だ。
てとてとて、と奇妙な効果音を立ててあとをついてくる姿を見るとつい小脇に抱え上げてしまいそうになるが、いくらなんでもそこまでしたらこいつのプライドはズタボロだろう。元々あの陰険シスターと金ぴか子供に捕まって無体をされた時点でズタボロだろうが。
「ついてこいよ、アーチャー」
ふと思う。傍目から見たら、自分たちの関係はどう見えるのか。
兄弟?もしかして、親子?
噴きだす。
「な、なんだ」
「いや。……オレたち、恋人だよなあ?」
爆弾発言だったらしく、まわりの人間たちがぎょっとした目でこちらを見てくる。まあアロハの男と浴衣姿の子供だからな。
わかるよわかる。オレにはわかる。
坊主の家でやらせてもらったホラーゲーム(だと思う。アレは)の登場人物の口真似をしておちゃらけた。アーチャーはその後を健気にてとてとて、とついてくる。
あーかわいいの。
と、どん、と大きな音が鳴って、辺りに閃光が炸裂した。まわりがわっと沸く。
「お、始まったな」
人の垣根は高かったが、なかなかいい位置だ。赤、青、金、緑。打ち上げられては消えていく花火がよく見える。
「すげーすげー……って、ん?」
感嘆の声を上げて下を見てみると、残念そうなアーチャーの姿。それで気づいた。
「よっと」
「!? ランサー!!」
子供特有の甲高い声。抱き上げたアーチャーの体は羽根のように軽い。
「これで見えるか?」
「み、見えるが! これではおまえが見えない……ではなくて! は、恥ずかしいだろう!?」
「ああそうか。おまえが邪魔で見えねえか」
別におまえを見てたってかまわねえんだがな、とつぶやいてから一度地面にアーチャーを降ろして安心させたあと、今度は肩の上にひょいと乗せる。いわゆる肩車というやつだ。
今度こそアーチャーは絶句した。きっと耳まで赤くなっている。
「ランサー!」
「あーあーあー聞こえねえー花火の音がうるさくて聞こえねえー」
「ランサー降ろせ! 降ろしたまえ! その顔は聞こえているだろう!」
「あいたたたたた」
上から覗きこまれるように睨まれ、髪を引っ張られる。いつもより野蛮だ。精神まで子供に戻ってるのか?
「うるせえな、どうせ兄弟か親子くらいにしか見られてねえよ」
それよりはいてねえんだろ、そこ気にしろ。
そう言うと肩の上で固まる気配がした。……おもしろかわいい。
声を上げて笑い出すと、たわけ!たわけ!と半泣きの声がして、ますます大きな声で笑う。
正直花火どころではなかったが、いろいろと貴重なアーチャーが見れたので良いとしよう。
END