「あれ?」
この世全ての悪・怨天大聖アンリマユことアヴェンジャー、だが言い辛いし噛みやすいのでもっぱらアンリで通っている(通している)サーヴァントがぺたぺたと裾の長いカーゴパンツを引きずりつつ居間に入ってきた。
独特の瞳孔を持つ瞳を無防備に丸くし、目の前の光景に首をかしげる。
「なにしてんの?」
一体どこがこの世全ての悪なのだか。
偽証だ、詐欺だ、訴えて勝つよ! 悪なところをあえて上げろと言われたら悪戯が大好きなところとファッションが新都辺りにたむろする不良じみていることだろうか。
それは“悪”ではなく“ワル”と読む。
首をかしげて問いかけられたふたりはそろって眉を寄せ、ちゃぶ台の上の菓子皿に手を伸ばすでもなく答える気配もない。結果沈黙が落ち、低い声が仕方なさそうにそれを割った。
「……衛宮士郎。おまえから説明しろ」
「ちょ、なんでさ! こいつの保護者って基本おまえだろ!」
「私は保護者などではない。単にだらしなさが目に余るので面倒を見ているだけだ」
「それが保護者っていうんだよ。っとに、なんていうかおまえって……」
「ねーねー痴話喧嘩はいいですからー。事情聞かせてください、じじょー」
なんで、と空気を読まずにふたりのエミヤの間に割って入りアンリは言う。
「なんであんたら、よりによってこんな日に自分たちの城追いだされてこんなとこいるの」
一気にふたりのエミヤは渋面を作った。それはもう見事に同時に。
再度沈黙。
「……俺は被害者だ。道連れっていうか」
「人聞きの悪いことを言うな」
すかさず言葉を投げるアーチャーだったが、どうも常のノリと覇気がない。代わりに弱った様子と困惑がある。すかさず士郎が自覚あるんだろ、と突っこみを入れた。
「そういう声出すってことは自分に責任があるってわかってるってことだ、アーチャー」
「…………」
わあ。
アンリは丸い目のまま両頬に手を当てる。なにこれすっごーい。いつもと立場ぎゃくてーん。
日頃自覚に無自覚に士郎を様々な発言で凹ませるアーチャーが黙り、両目を閉じてしまい腕まで組んでしまっている。眉間に皺とまでは行かないが確実に寄ってはいる。
ガチャガチャガチャガチャ。台所の方から聞こえてくるなんというか、場所に似つかわしくない音。
それと密集する人の気配、アンリは耳と鼻をぴくつかせ身長差と珍しく優位な立場を使い、下からこう、ねめ上げるようにアーチャーを見ている士郎に向かい、言った。
「一緒に暮らす間柄の中で内緒話とかよくないデショ」



「セイバー、ちょっと力みすぎ。風王結界じゃないんだからそんなに景気よくかき混ぜなくてもいいの」
「そ、そうなのですか? けれどですね、こう、どうも気合いが入ってしまうというか」
「あんまりやりすぎると分離しちゃいますし、固くなっちゃうんです。美味しくなくなっちゃうんですよ」
「それは困る!」
泡立て器を手にボウルと格闘していたセイバーは姉妹に諭され声を張る。エプロンには多少の生クリームの飛沫。
「美味しくなくては困ります! わたしが食べるからだとかそういった理由ではなくて、この計画の意味が根本から崩壊します!」
「うん、そうね。ならね、もっと力を抜いてやればいいんじゃない?」
「そうですよ。もっとこう、優しく。ふわーっと、ふわーっとやってください」
言いながらアドバイス通りふんわりと優しく笑う桜にセイバーは真剣な顔でうなずく。手にした泡立て器を強く握りしめ、ボウルをぎゅっと胸に抱き寄せた。
少々遠くからイリヤの声がする。
「サクラ、スポンジの様子見てみたけど大体いいんじゃないかと思うわ。先にシロップを塗るの?」
「あ、いえ。切ってからです。というか切ったところに塗るので、まず切らないと」
「そうなの。えっとナイフ、ナイフ……それとも包丁かしら」
「ちょっとイリヤ、あんたが刃物とか持つとなんか見た目危ないからやめときなさいよ。大体あんた飾りつけ担当でしょ」
「いいじゃないちょっとくらい。リンってばケチね。それにせっかくわたしが気を利かせたのに」
「わたしがやりましょう。……刃物の扱いは、慣れています」
小柄な体の奥からぬっと長身の美女―――――ライダーが現れ、いつのまにか手にしていたカバー付きのナイフをかざしてみせる。
「そうね、お願いできる? ライダー。そうしたらイリヤさんは切ったところにシロップを塗ってください」
「む。刃物の扱いでしたらわたしだって慣れていますよ、ライダー!」
「はいはい、対抗しない。セイバーは生クリーム係でしょ」
諌める凛は苺を手際よくカットしていく。桜は隣で姉から渡される、少し傷んだ苺を潰していく。連係プレーだ。
小振りなナイフで大きなスポンジケーキを丁寧に、見事に一ミリのずれもなく半分にしたライダーはしかし無造作にその上をぱかり、と炊飯器の蓋でも開けるかのように持ち上げる。炊飯器。確かにスポンジケーキを炊飯器で炊けるレシピもあるが、この衛宮家の大所帯をまかなう巨大な炊飯器ではとんでもない鈍器のごとき仕上がりのスポンジができてしまうだろう。
眼鏡の奥から瞳で促したライダーにやはり瞳で答えると、イリヤは刷毛で断面にシロップを塗りつけていく。優雅に。けれど少々不慣れに。
手つきはぎこちなく、だんだんと真剣になっていくイリヤの表情を見てライダーが小さく笑った。
「なあに。何か言いたいことがあるなら言っていいのよライダー」
「いえ。いつもと違って余裕が足りないというか。一生懸命なのですね」
「当たり前でしょう」
いったんスポンジケーキから注意と意識を離すと、イリヤはライダーに向かって胸を張る。


「特別な日に大事なあの子に作るものなのよ。それにわたし、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ? 万が一にだって手を抜くなんてできるわけがないじゃない」


耳が動いた。
ほうほうなるほどなどとわざとらしく言ってアンリはうなずくと、
「それでアンタが追いだされたのはわかるけどー、…………そちらさんは?」
「……だから被害者だって言ってるだろ。道連れだって」
「だから人聞きの悪いことを言うな衛宮士郎、大体おまえの性分が問題なのであってな、」
「遠坂や桜はともかくセイバーやイリヤやライダーたちは気になるだろ! 悪い意味で言ってるんじゃないぞ、不慣れだから、心配して言ってるんだからな! 両方の意味で!」
「わあ。正義の味方さんってば無意識に殺し文句発言」
「? なにがさ」
「イイエー、別になんでもないですヨー」
自覚がないって怖いことね、ふざけて指揮者のように両手の人差し指をふりふり歌いアンリがふたりのエミヤを見る。琥珀色の瞳と鋼色の瞳がそろって0.5エミヤ成分入りのこの世全ての悪を見つめた。
つまり本日クリスマスイブ、本来なら料理担当はふたりのエミヤ、主にアーチャーであったが、今回は女性陣が彼にプレゼントの意味をこめその場を奪い取ったらしい。自動的に対である士郎も軍落ち。別に居残ったってよかったんだけどね、とは遠坂凛談。
ただしそれは士郎、あんたがわたしたちのやることにいちいち口出しして手出しして、結局全部あんたが仕上げたりするはめにならない場合よ。
絶対にやらかすでしょうあんたとあかいあくまに言われれば衛宮士郎が反論できるはずもない。理由は主にふたつ。本能が逆らうなと訴えるからと、実際に自分がそうしてしまうことを理解しているから。
セイバーが力みすぎて何かを破壊しそうになったり、イリヤが慣れない手つきで危なっかしく何か失敗しそうになったり、ライダー……については特に心配はないがとりあえず保険として。凛と桜については料理の腕にそれなりの信頼を置いているからいいのだが。
俺は間違ってないぞと奇しくもアーチャーと似て両目を閉じ、腕を組んだ士郎に取って代わるかのようにアンリが身を乗りだす。
「で。アンタは追いだされてアレ? お暇な間、この愛されちゃってる人のお話相手になってあげたら、とか」
「…………」
「…………」
「…………」
アンリは目をまばたかせると人差し指をふたりにつきつけ、
「ビンゴ」
「よりによって彼女らは、一番不適格な人材を私の元に派遣したものだ」
「いちいち言われなくてもわかってるっての!」
エミヤ2.5が騒ぐ居間、女性陣たちが騒ぐ台所。それぞれ色の違う喧騒が特別な日に混じりあう。
「でえー」
騒ぎが一段落し、アンリが間延びした声で言う。
「一応性別上オンナノコのうちのマスターと例のシスターさんはどうしたんですかねー? ハブ? 致命的不器用と味覚破壊者だから? それともサドマゾだから?」
「おまえそれ本人たちの前で絶対言うなよ。殺されるからな。なんでか俺も被害に遭うし」
意味わかんないんだけどさほんと、とぼやき士郎は肩を落とす。落として、
「バゼットは藤ねえと一緒に買いだし。カレンは聖なる歌を歌いますだとかで準備中。本当はパイプオルガンで生演奏でもしたかったんですがとか言ってたけどあんなでっかいのうちになんて絶対入らないし、大体近所から苦情が来る」
「なーるほど。あのお姉ちゃんはマスターの腕力を買って上手く外に連れだして、シスターはシュハキマセリーとか歌うんだ?」
やっべ悪魔のオレとしては身の危険感じるんですけど祓われちゃいそう!と弾けて笑いアンリはふたりのエミヤにますます苦渋を刻む。吐息がかかる近さで顔を近づけ自称最弱の悪魔は渋い顔のアーチャーへ向かい、言った。
「ここまで愛されてるってのに、なんでそんな顔してますかねアンタは」
「……私は」
「慣れてない?」
悪魔が。
わらう。
意地悪くではなく意地悪く、だけれど親愛をこめたおもざしで。
「いいねいいね、とことんうちのマスターとおんなじだ。幸せに慣れない、好かれるのに慣れない。愛されててもどうも変だなって思う。だけどこっちからすりゃそりゃ、アンタの方が変だよ。相手が言ってるんだからへーそーなんだって受け取りゃいいんだ。好き! って言われてんだからさ、そうなのかって思えばいい。元アンタの殻を借りたからちょっとはわかんないでもないけどね、でもわかんねー。オレはどっちかっていうと貪欲なもんでね、ヒヒヒ。好きって言われる前に飛びついて押し倒して無理矢理いただいちゃうくらいなのが性に合ってる」
「……アンリ・マユ」
「うん?」
「もっと血も涙もない高尚な悪魔だと思っていたよ。それが半端者の殻を半端に被ったせいでおかしな思想にかぶれた」
「おまえな」
さりげなく俺を貶めるなよなと士郎が言う。その顔は苦々しくもわらっている。
裏表。
衛宮士郎とエミヤシロウ、衛宮士郎とアンリマユ。……エミヤシロウとアンリマユ?
最後はどうだかわからないが、この場にいる彼らは奇妙なバランスで融合しながらまったく別の存在である。衛宮士郎はアーチャーには成りえないしアンリマユは衛宮士郎に取って代われない。エミヤシロウとアンリマユはといえば、さて。
それでもおかしな根で何か共有していて、さながら三人兄弟かもしくはそれよりも血のつながりの薄い従兄弟たちのような。
「いいんだよ、変な風に考えるなって。それでもなくても今日は特別な日なんだからさ。一応悪魔であるオレの敵? みたいなもんなさ、カミサマのお誕生日なんだから羽目外しゃいーんだって。前になんかで見たけどこの日にはあれこれ理由かこつけてよろしくやる人間がそりゃあもううじゃうじゃ沸いて出るらしいじゃん?」
カミサマ関係ねー、とアンリは笑って確かに立場はないよな、と士郎も笑う。
「……同じような顔をして笑うな。気味が悪い」
言うアーチャーも苦笑してしまっていて、苦言も何の意味もない。
「別にアンタだけが特別扱いされてるわけじゃなくてさ、みんなそれなりに平等に互いに特別に思いあってるんだろうけど。受け入れてないのがアンタだけっていうか。そりゃあますます周りはやっきになってアンタをかまうよ」
たとえばアンタのマスターなんてキレて平手打ちでもかましてくるかもねー、
浮かれた調子で言ったアンリの髪をチュン、と掠めた黒い弾丸が数本散らせて宙に舞わせる。
壁に着弾した無形の弾丸。台所から顔をのぞかせ、華麗なエプロン姿で微笑みつつ構えた人差し指に軽く息を吹きかけてあかいあくまが笑う。
「平手打ちよりこっちの方が得意だし、手っ取り早いわよ?」
「―――――さっすが同類。デビルイヤーは地獄耳」
「ばか、刺激するな! ただでさえおまえ弱いんだから、遠坂のガンドなんて喰らったら一発で」
「衛宮くん近くにいると当たるかもしれないから、上手く避けてね」
「ばっ、撃つな! こんな日に人死にとか縁起悪すぎるだろ! それに俺たち追いだしてまで取りかかってる計画放りだしていいのか!」
「人じゃないじゃない。それに問題を片づけてからじゃないと集中できないでしょ。行くわよいい? いーち、にーい、さーん、しいごおろくしちはちきゅう」
「凛!」
アーチャーが叫び目を丸くして固まるアンリの前に立ち塞がる。褐色のてのひらを両方前に上げ、
「あのね。単なる冗談で人の魔力持っていかないでよ。本気で撃つわけないでしょ、冗談よ冗談。こういう日にはつきもののジョーク」
「は?」
展開しようとした小規模ローアイアスが不発し、ぽすんと気の抜けた音と共に霧散する。気の抜けた音、間の抜けた声、間の抜けた顔。
数瞬後に我に返れば女性陣たちが凛の背後から一斉に顔をのぞかせていた。
「ほんと、そいつの言う通りあんたっていつまで経ってもねじくれてるんだから」
だから荒療治するしかないのよと凛が言い、
「でもやりすぎですよ、姉さん」
桜がその肩に手を乗せたしなめつつ笑い、
「そうですね。いささか力任せに過ぎるかと」
わたしが言えた台詞ではないですがとライダーが、
「アーチャー、あなたの性格は充分知ってはいますが今回ばかりは受け入れてほしい」
でなければ、中途にセイバーが言葉を切って、
「せっかくお姉ちゃんが……違うかしら。みんなが一生懸命作ったケーキが食べられないっていうの? ねえシロウ」
イリヤが可憐に妖艶に微笑んで髪をかき上げると、最後を締めくくった。
まだぽかんとしているアーチャーにまず凛が、次いでイリヤが噴きだし、悪いですよと言いながら桜も後に続く。
「アンリマユ、本当にあなたの言う通り。わたしの大きい弟ったら、みんなに愛されてるのも知らないで知ってたとしても知らんふりをするの。ねえ、なら思い知らせてあげなくちゃ。みんながどれだけ思ってるのかって、いろいろなことを」
力ずくだってね、と言ってイリヤが再度髪をかき上げる。
アーチャーの背後のアンリは視線を受けてにまりと笑い、
「まったく同感です、オネーサマ」
自分よりも相当大柄な体躯にタックルの勢いで抱きついた。
「な、」
上擦った声を上げるアーチャーはろくな反応もできずそこへ凛の声が飛ぶ。
「よーし、いいわよ。そうやってまずは体に叩きこんでやりなさい。もう口で言ったって聞きやしないんだから肉体言語で対抗するしかないのよ、そいつの場合」
「……遠坂。K-1とかは年末だ、クリスマスじゃない」
「言うところはそこか、衛宮士郎!」
的外れも甚だしいとアンリに絡まれ怒鳴るアーチャーに桜が両手を合わせて、
「ア、アーチャーさん、でもですね、そのですね、姉さんの……というか、みんなの、……わたしの、気持ちも、その、少し、わかってもらえたら、なあって」
語尾が消えていく小声ながら最後まで言い切ったマスターの後ろに立つ、長身の美女の姿をしたサーヴァント。
「わたしもサクラに同意見です。これはわたしがサクラのサーヴァントであるからではなく、わたし個人としての意見です」
静かだがはっきりとした口調で告げるライダーにセイバーが並び、
「わたしも同意見だ。アーチャー」
指先がひとりひとりを指していき、
「わたし、凛、桜、ライダー、イリヤスフィール、アヴェンジャー、そしてシロウ。七人がすべて同じ気持ちをあなたに抱いている」
「タイガもいるわ。それとまだまだお客さんも来るでしょうしね」
具体的に言えば青いのよ、とイリヤが赤い瞳をきらめかせて剣呑にくすくすと甘い笑い声を立てる。
「それでも認めないとなると多勢に無勢の徹底抗戦となるでしょうね。いくらあなたが腕に自信があろうとも、きっと勝てない」
途中までは真面目に言い、最後に愛らしく少女らしく笑ってみせるとセイバーはだから、と。
「あきらめて受け入れてしまえばいい。楽ではないでしょうけど抗えば抗うほど大変なことになりますよ?」
そんな、脅しめいた言葉を吐いた。

「―――――」

笑う女性陣たち。
背後で笑う悪魔。
苦笑だけれど、それでも笑う、衛宮士郎。

「まったく」
非力なアンリからはがいじめを受けアーチャーは、
「とんだクリスマスプレゼントだな」
暴力的にも程がある、と苦くこぼして、笑った。



「そりゃあそりゃあ。オレがいない間に随分と面白れえことがあったんだな」
無事に両手いっぱいに荷物を下げ買いだしから戻ってきた大河、バゼット、後にカソック服姿のカレンと小さな英雄王。それからイリヤ曰く“青いの”であるランサーを迎えてクリスマスパーティーは盛大に始まった。わかりやすいクリスマスのメニューに付け足された各自の個性が出た料理。大半が未成年であるためノンアルコールのシャンパンが開けられて次々とグラスに注がれていく。
ギルガメッシュはあからさまにではないがレベルの高い手土産を渡し女性陣から話の顛末を聞くと、ああ、それは仕方ないですねと晴れやかに言った。
それは仕方ないです。だって話を聞く限り皆さんの場合は裏のある好意ではないんだし、お兄さんだって本当はわかってるんでしょう?
猫口で微笑む小さな英雄王を見下ろし、アーチャーは何故これがああ育つのだろうかと心底不思議に思ったものだ。
本当は、わかってるんでしょう?
「面白いものかね。君も一度当事者になってみるといい」
「もみくちゃにされてみろって? 悪いがオレはする方がいいんでな、たとえばこんな風に」
ひとり缶ビールを手に、空いた方の手でランサーはアーチャーの頭をかき回す。とたん縁側を転がって落ちる制止と驚きの声。
「こら、ランサー!」
「いいじゃねえかよ減るもんでもなし。バイトの都合で一番最後に来たんだからこれくらいのプレゼントはくれたってかまわねえだろ」
クリスマスなんだしよ、と歯を見せて笑うランサーは手を止めない。
「プレゼントって、君な、」
「もらってばっかりじゃおまえだって重いだろ。だからそれをオレがもらってやって、肩代わりってわけじゃねえが軽くしてやろうってんだ」
「へりくつだろう」
「かもしれねえなあ」
日は暮れて、夜。
だというのに光の御子はその名の通り、太陽のような笑顔で。
「でもおまえには、そんくらいの方が気軽でいいだろ?」
重く考える性質だからよ、と言うランサーのピアスが闇に光る。冷たい夜気。空には月。
「考えすぎて何も受け取れねえっていうなら先にまず誰かから何かしら盗られちまえばいいんだよ、おまえみたいなのは」
そうすりゃその分が空くし、相手はそこに勝手に詰めこんでくれるからと。
「……ランサー……」
言いかけたアーチャーの声を甲高い声が遮る。
「だからって丸ごとうちの弟を盗っていっていいってお話にはならないのよ、クー・フーリン?」
「なんで真名呼びなんだよ嬢ちゃん、いつもはランサーだの猛犬だの駄犬だの容赦ねえくせに」
「それはあなたの生き様を思いだしてみればわかるんじゃないかしら。何ならここで伝説を紐解いてみる?」
「せっかくのめでたい日にそんな話しても面白くもねえだろ。早く席に戻ったらどうだい、ほら」
「席に戻ったが最後、わたしの弟は消息を絶つわ。そしてあなたもね」
言葉上をとらえれば物騒極まりない会話だが、イリヤとランサーは楽しそうに喋っている。
「あとシロウを七面鳥みたいに言わないで」
……詰めこむというところからだろうか、と思ったアーチャーの耳に大河の大声が届く。
「ほーら、イリヤちゃん、それからランサーさんもアーチャーさんもそんなところにいないでこっちに戻ってらっしゃいよう! 今からカレンちゃんが歌を歌ってくれるっていうから、ほらほら早く早く!」
手にチキンを持ってばたばたと振り、呼ぶ。
三人は顔を見合わせ、
「タイガったら、ほんとにもう」
「敵わねえなあ、虎の姉ちゃんには」
「…………」
三者三様に笑い、縁側から居間へと戻るべく動きだす。
「で、で、カレンちゃん何を歌ってくれるの? やっぱりジングルベル? それとも真っ赤なお鼻のトナカイさんが?」
「いや藤ねえ、それはないだろ……学芸会とかじゃないんだから」
「シスターですからね……アヴェ・マリア辺りが妥当ではないでしょうか」
「ちょっとこの場じゃ厳粛すぎるわよ、それ」
面子が予想する中、カレンは目を閉じたまま大して料理の乗っていない皿にフォークを置き立ち上がる。
注目が自然に集まったところでわざとなのかちょうどいいタイミングで目を開けるとかすかに笑い、
「そんな大仰な歌ではありません。そうですね、わたしの慣れ親しんだ国のちょっとした童謡のようなものです」
ささやくボリュームなのによく通る声に大河がほらあ、と、
「だから言ったじゃない士郎! カレンちゃんまだ若いんだもの、難しくないかわいい歌を歌うわよお」
「……む」
言い返せず口をつぐんだ士郎に、その場の全員にぐるりと視線を向けると笑いかけ、カレンは咳払いをし。
「それでは」
組んだ両手を胸元に当て、全員が見守る中カレンは―――――


「tiramisu lla……」


「待てこら、いやそれはまずいだろマスター!」
「マスター、それはどうかと思います」
「……さすがはカレン・オルテンシア……ですね」
「あはははははは! クリスマスにそれかよっていうかやっぱアンタ外さねーわ、あははははヒヒヒヒ、ヤバイ腹筋ヤバイって腹筋」
「…………」
ランサー、ギルガメッシュ、ライダー、アンリ、アーチャーのサーヴァント勢が一斉に過剰反応を示し、残りの普通の人間、普通の魔術師たちは眉をひそめた。
「え? なに? なんなのこのリアクション?」
「えっと、カレンさんの母国の歌……ですよね? クリスマスと関係ないから、かな?」
「いやそれにしたっておかしいだろこの反応は」
「ん? なになに? どしたのみんな? ね、ってあれ、イリヤちゃん?」
座って額に指先を当ててまぶたを閉じているイリヤに大河が不思議そうな声をかける。イリヤ?同じく不思議そうな士郎にイリヤは目を開けず、
「シロウ、彼女の口癖思いだしてみて。それから性格、言動。そこから連想されるものは何? あと、サーヴァントたちが召喚されるときこの世の知識をある程度与えられてるのは知ってるわよね?」
「…………」

――――同調、開始。
――――基本骨子、解明以下略……。
――――全工程、完了。

「聖なる夜になんてことしてるんだカレン!」
「何もおかしいことはしていませんが? ちょっとした童謡のようなものだと言ったでしょう。わたしを楽しい、いい気分にさせてください、と大まかにまとめてそういった歌ですよ。それともあなたこの歌が他にどういう意味を持つのか知っていて? なら教えてくれるかしら」
「…………っ」
周囲を見回し、怪訝げな女性陣の顔に士郎は勢いを失い黙りこむ。カレンは楽しそうな笑みを浮かべ、
「黙っていてはわからないわ? さあ―――――」
そこでバゼットが立ち上がる。がたん、と激しい音に集まる視線。
バゼットは先程のカレンのようにしばらく注目を集め、
「ケーキを」
「は?」
「ケーキを持ってこようと思います。昼間、わたしと大河さんが買いだしに行っている間に作ってくれたのでしょう? そろそろ料理もなくなって来た頃ですし、いただきましょう」
冷静な声、沈黙。にわかに騒ぎだす面々。そうだケーキだ、クリスマスといえばケーキだ。せっかく真心こめて作ったんだから美味しく食べてよね、万が一にだって残したりなんてしたら許さないんだから―――――。
台所につかつかと歩いていった後ろ姿を追っていったアーチャー、ランサー、アンリ、士郎は無言で冷蔵庫を開けるバゼットに言う。
「……気遣い、感謝する」
「同じくだ。おまえ、さすがあのシスター様と因縁深いだけあるなあ」
「マスターカッコイー。てかカッコイー。場が静まっちゃったのはちょっとオレ的に残念だけどネ」
「……サンキューな、バゼット」
たっぷりの生クリームと苺で飾られたケーキを取りだし、ばたんと冷蔵庫の扉を閉めると真顔で振り返ったバゼットは、
「話は聞いています。何人もの思いが懸かった、詰まった大事な聖夜ですよ。それを悪戯心で台無しにされてたまりますか」


大股に歩いていく後ろ姿に、ランサーがヒュウと口笛を吹く。
「へえ。やるようになったじゃねえか、あいつも」
「まあ未だに定職には就いてないんですけどネー」
「……そこは言ってやるなよ」
士郎がさりげなくフォローを入れ、三人が振り向く。
「んじゃま、アーチャー」
「愛情たっぷりのケーキもご登場したことですしー?」
「早く行かないと遠坂辺りがまた、うるさいぞ」
アーチャーは顔を上げた。瞠目して、三人の顔と名前を呼ぶ居間を見て。
「ああ」
短く一言返し、場に満ち溢れるものと同じ温かい笑みをその顔に浮かべたのだった。


「ところでさ」
「なんだよ坊主」
「あのとき唯一セイバーだけが反応なかったのって」
「あー。オレ見た見た。肉喰ってた、肉。超喰ってた」
「……やっぱり」
「…………」
「あ、アーチャーおまえすげえ楽しそうに笑ったな、今」


back.