昔はどうだか知らないが現代の流れは男女平等。
ジェンダーフリー、今や性別に垣根はなくこの世に生きとし生きるもの全てを同じ重さ、価値で見るべきなのだ!繰り返そう、男女平等。この際だ言ってもいい。人間も英霊も関係ない。神だ?悪魔だ?人間だ?ホムンクルスだ?
関係あるか。


「なんでそんなに熱弁してるんだか知らないけど」
士郎はちゃぶ台に肘をついてため息。がりがりと頭を掻くランサーをまあわかるけどさ、と見やる。
「わかるんなら聞くな。あのな坊主、所詮オレたちとおまえとじゃ違うんだよ。大抵のことだったら目をつぶるし、女々しく文句を言うつもりもねえがどうしたって我慢出来ねえこともあるんだ」
昔から根ざしてるもんなんだよ、“食べ物の恨みはおそろしい”ってな。
また頭を掻いたランサーの隣で仕方ないですよとばかりに笑う小さなギルガメッシュ。その目は言っていた。
人間あきらめが肝心だと。
「人間じゃねえし。サーヴァントだし」
「半分人間でしょう。お父さんが太陽神ですけど」
「いちいちうっせえなあ!」
キレた。
ごん、と突っ伏した勢いでランサーの額がちゃぶ台にぶつかる。サーヴァントの手加減なしではまるっきり簡単にちゃぶ台なんて両断、さながらモーゼ状態なんじゃないかと思われたが意外にもちゃぶ台は無事であった。ある意味魔窟、伏魔殿衛宮邸。
うっかり半壊や全壊の危機にさらされないよう各種の家具やら何やらが強化をかけられているのかもしれない。
「わー、キレたキレたー。どうしたんデスカー? いつもの余裕はー。ちょっとー、クランの猛犬さんの鎖はずしたのだーれー」
「うっせえ狂犬。最弱悪魔。心臓貰い受けるぞ」
「なんというついカッとなってやった光の御子!」
アンリが楽しそうに笑いつつ言えば赤い瞳がぎろりと恨みがましくねめあげる。
猛犬VS狂犬。
―――――マスターだとか。なんだとか。結構符合する点がある二騎ではあったがあまり相性はよくないらしい。
ああもうほらほら、アンリは士郎。ランサーはギルガメッシュがそれぞれ諌めて互いに視線を交わす。
お兄さんも大変ですね。もういつものことだし別に。
「ったくなんでなんだよ、こういうときってったら大体アーチャーの出番じゃねえのか。ていうかどう考えたってアーチャーの役目だろ。言われるにしたって自分から動くにしたって食べ物関係であいつが出張らねえわけがねえ。それがなんで」
「こんなことになってるんだろうなあって気持ちはわかりますけど、本来この日は女性が主役なんですよ?」
「うっせえ知るかそんなもん! 現代は男女平等なんだよ男も女も関係あるか! ねえだろ! あったらそもそもオレがアーチャーを」
「……ランサー、」
いいかね?
その口を塞いでも、と静かにそこで初めてアーチャーが口を開いた。いたのである。ずっと。発言しなかっただけだ。
目を閉じて口を閉じて腕を組み座りこむ姿はさながら不動の石像。たまに屋根の上だのビルの上にだの立っている衛宮邸の守護神と言っても過言ではないとかなんとか。
それはおいといて発言したアーチャーは口は開いたが目は相変わらず閉じたままだ。発された声は実に重々しい。塞いでも、きっとその言葉に色気などかけらもなく、ただ不穏すぎるものばかりで出来ていた。
「ヒヒヒ、猛犬さんが怒られた」
「…………」
「ああほらもうおまえも煽るな! ランサーも服戻して槍しまえ、槍! 余計怒られるぞ!」
「アーチャーさん気持ちはわかりますけど耐えた方がいいですよ。血のバレンタインってよくある表現ですけどね」
せっかくの日に物騒ですから、一番幼いギルガメッシュが無難に〆てとりあえず場は収まる。UBWもしくはカラドボルグを展開しようとしていたアーチャーは眉間の皺を深くするに留め、猛犬と狂犬のガチンコバトルin聖バレンタイン・デーは行われずに済んだ。
そう、本日は2/14バレンタインデーだ。



「こういうでかい食い物絡みのイベントってったらおまえと坊主の出番だろ……なんでまたこんな状況になってんだよ」
ランサーはそれでも納得が行かないのかぶちぶちとぼやいている。さっぱりと竹を割った性格の彼にしては、らしくない。
「仕方ないだろ、ギルガメッシュの言う通り今日は女の子の日なんだし……大体あのメンバー全員前にして、ランサー意見言えるのかよ」
「女が好きな男のために頑張る姿はいいもんだしな、まず頑張ってる奴らがオレは好きだから文句は言いたかねえよ。けど問題はなんであの中にうちのマスター様が混じってるかってこった」
ちゃぶ台の悲鳴。額にこぶしと強打されながら頑張り耐えるそれはランサーの称賛対象にはならないのか。
「アーチャーの作った甘くて美味い菓子が食いたかった。それもある。そのままねぐらに持って帰りたかったってのもある。だがなその前にうちのマスター様だよ! あの味覚バカだ! 甘いか辛いかでしか物を判断しねえお嬢さんがどうしてあえて厨房に立ってるんですかねえってオレが言ったって仕方ねえだろ、なあ?」
「いやこっちに振るなよ」
「わー、それ向こうに聞こえたら死亡ですよ? 死にフラグですよ猛犬さん? というかもうおまえはシンデイルー!」
同僚という立場で少しは気持ちはわかるのか、ギルガメッシュは笑うだけだ。その斜め前でアーチャーがさらに眉間の皺を深くした。
ランサーの死亡フラグ、確実に乱立。
「いいじゃないですか、マスターだって女性です。誰かに贈り物をしたいってときだってあるでしょう」
「そういうのはおひとりさまでやってほしいもんだ。オレらと関係ないところで」
「マスターだって輪の中に入りたいときだってあるでしょう」
教会組が話している間、エミヤ組がというか主にアンリが、
「誰でしょうねー? なんか話題に登ってるっぽいかわいそうなそのお相手とやらは」
「……さあ?」
興味津々といった風のアンリに、目を逸らす士郎だった。
「それにしてもお兄さん……お兄さんたち、よく台所をあけわたしましたね。基本、女性のお願いを無下には断れないのがお兄さんたちですけどあそこは別でしょう?」
「だからあの面子を前に言えないんだって。確かに女の子に向かってっていうのはあるけどさ」
―――――ねえ衛宮くん、お願いがあるんだけど。
前日わざわざそう、士郎とではなく呼んで笑顔で切りだしてきたのは遠坂凛だった。
「アーチャーだって同じ理由だろ。あの面子と、それとっていうのと」
「貴様と同じというのはいささかどころではなく不服だが。そうとしか言いようがないのが現状だな」
苦々しいアーチャーのつぶやきは、いちいちが重い。
―――――明日台所を借りたいのよ。一日ね。
「あはは、やっぱりお兄さんたちは正義の味方だ。女の子にはどうしても弱いんですね」
特に恋する女の子には?
ギルガメッシュが猫口で言うが賛同する者はなく。
「いや、ある意味そうかもしれない、けど、なんかこう、違うっていうか……」
―――――わかってるわよね衛宮くん。
少し眉根を寄せ、士郎はアーチャーの肩に手を置いた。
「大変だな、おまえも」
「他人事のように言うな衛宮士郎」
まったくである。



セイバー、遠坂凛、間桐桜、ライダー、イリヤ、カレン、バゼット。
ただいま衛宮邸の台所に詰めている面々である。
「凛や桜の嬢ちゃんはいい、ライダーもまあ悪くはしねえだろうよ。問題はマスター様とバゼットだ」
ランサーが取りだした煙草のフィルタを噛んで述べる。
「セイバーさんとイリヤさんはどうなんですか?」
「気にはなるがそれでもそれぞれがマスター様とバゼットの一段階下の危なさだ。マスター様とイリヤの嬢ちゃん、バゼットとセイバー。この世にあっていいとは思えない得体が知れねえもんを作りだす、力技で何をしでかすかわからねえって分類だな」
「……ランサー、本当にあんた、殺されるぞ?」
士郎が真面目な顔で言った。ぶるぶると震えてゴーゴーと断罪を待て、アルスターの光の御子。
カレンの聖骸布&毒舌コンボにイリヤの超魔術、セイバーのエクスカリバーとバゼットのアンサラーフラガラックと四コンボを喰らえばさすがに生き汚いと自称するランサーでも消し炭なんじゃないかと。
「オレはアーチャーを愛してるから死なねえよ。こいつオレが死んだら泣くからな」
「……それでは今ここで試してみるかね? 私自らの手で君に引導を渡し、そのとき私が果たして落涙するのかどうか」
「これが血のバレンタイン?」
「じゃない。これは違うそうじゃない絶対違う」
いちいち死亡フラグを立てるランサーにかまわず、台所では着々と準備が進んでいる。



―――――だから作ろうっていうのよ、チョコレートを。明日はバレンタインでしょ?何もおかしくなんかないわ。それに手間はかかるけど買うより断然安上がりだし。
2/13夜、遠坂凛の発言だった。あ、ちょっと勘違いしないでよね。もちろん真心だって上乗せよ、上乗せ。
フォローのごとく付け足された言葉にやってきた桜が苦笑し隣に並ぶ。髪をかき上げ、
あの、先輩。そういうことなのでお願いできますか?ライダーやセイバーさんたちとも相談してそういうことになったんです。一日だけお借りして、あとはちゃんとお掃除してきれいにお返ししますから。
お返しというところに“台所はエミヤシロウたちの管轄”という認識が滲みでている。
そこでなんでさ?と空気を読まない返しをするほど士郎も空気が読めないわけではない。
いいけど、俺たちは何もしないでいいのか?
そりゃあ食べたいけどね。でも七人で台所を占拠しちゃえばさすがに士郎とアーチャーの居場所はないし。今回はあきらめるわ。
……七人?
言ってなかったかしら?
凛はからっと。
イリヤも来るのよ。あとカレン、それからバゼットもね。
「バゼットは一体何の係なんだろうな」
つぶやいた士郎にさあ、とアンリ。しばらくしてから思いついた顔で、
「粉砕系?」
「……そっか、ブロックチョコに“死ねぇ!”とかか」
まあ妥当な線だよな。士郎も死亡フラグに近いものを立てる。
けれど彼女の性格からして調味料のグラム数が云々だの湯せんの温度が云々だの細かいことには拘っていられないだろうし。
「普通こういうときはアーチャーと坊主の出番だろうよ」
「まだ言ってるのか、それ。結構しつこいなランサー」
「しつこくもなるだろ。凛の嬢ちゃんたちは出来たのを是非アーチャーに渡したい、いつも世話になってるのとそれからいろいろとだの不穏なこと言ってたしな」
「お兄さんにも言ってたじゃないですか。特に桜お姉さんなんて顔真っ赤にして、かわいかったですよ」
「ばっかやろ、坊主とアーチャーに向ける嬢ちゃんたちの目はなんか違うんだよ」
「あー、それはわかるなー、オレも」
「死ぬほど甘かったり辛かったり食べ物として成立してなかったりと心配は山程あるが、とりあえずイリヤ嬢ちゃんのチョコにゃなんか取り返しのつかないもんが混入されてそうで心配だ」
「なんだかそれはわかるぞ、俺も」
ランサーの発言に同意するアンリと士郎。そんなエミヤふたりにもうひとりのエミヤ、アーチャーだけが同意せず目を開いた。
鋼色の視線がゆっくりランサー、ついでに士郎を舐める。
「―――――I am the bone of my sword」
「家の中で固有結界ダメ! ゼッタイ!」
あとキビシスもいけません。ブラッドフォードよりある意味危険です。
なんで俺を巻き添えにするんだよと声を上げる士郎にアーチャーが怒鳴る。
「やかましいわたわけ! 物のついでだ!!」
「なんでさ!?」
「血のバレンタイン開始、開始ー!」
「そこ煽るな!」
チュン、
叫んだ士郎とアンリの髪を数本焼いて壁に着弾する黒い弾丸。
振り返った先には微笑むあかいあくまがいた。
「悪いけれど、静かにお願いできるかしら? 集中できないと美味しいチョコが作れないから。それとせっかく心をこめて作るんだから食べる前に死なないでちょうだい」
「…………」
「…………」
すごく。
バレンタインに乙女から言われたくない台詞です。
「つまり食べてから死ねと。凛」
「いやそういうことじゃないだろ!」
「食べれば…………してもいいと、そういうことだな?」
「いやだからそういうことじゃないって言ってるだろ!」
「アーチャー。本気かどうかわからないけど目が座ってるわよ」
「私はいつでも本気だ」
「そう。わたしもいつでも本気よ。だからね、あんたたちが潰れちゃうとこっちとしては思いっきり困るの」
だって本気が無駄になっちゃうでしょう、となお人差し指を構えながら。
「あんたたちが好きよ、士郎、アーチャー。わたしたちみんなね。それでの共同戦線抜け駆けはナシってやつよ。実力で勝負って女の子かつ魔術師らしいでしょう?」
「凛、わたしは魔術師ではありませんが」
ボウルとなにやら手に小瓶を持ってカレンが台所から現れる。その隙間からは、イリヤ。
「リンの言うことには賛成だけど勝つのはわたしなんだから! シロウもアーチャーもわたしのものよ、誰にも渡したりなんかしないわ」
「え、オネエサマ。オレは無視? 一応そこの弟さんの成分が混じってるんですけど」
「あらアンリマユ。そうね、あなたもそういえばシロウだわ。だけど」
ボウルの中に何滴も落ちていく雫。
小瓶の中味を空にするかのように傾けて首をかしげ笑い、カレンが後を引き継ぐように言った。
「残念ですがアヴェンジャー。神に仕えるわたしとしては悪魔であるあなたを放ってはおけませんので是非とも」
「え? 是非とも? ナニ?」
雫が何滴もぽたぽたぽたぽた。
ランサーがちゃぶ台に手をついて立ち上がる。
武装。
「ここは逃げるぞアーチャー! なに、当てがねえわけじゃねえ。しばらくどっかに身を隠してほとぼりが冷めるまで―――――」
「ちょっとランサー! 言ったでしょ、共同戦線抜け駆けはナシのルールは絶対なのよ!」
「それは嬢ちゃんたちの話でオレには関係ねえ!」
「ランサー、それでもあなたは英雄ですか!? 切り伏せてくれます、アーチャーを離してそこに直りなさい!」
「だ、だめです、姉さんもセイバーさんも、ランサーさんもっ、やめてくださーい! ……ライダー、結界を張って! わたしも影で食い止めるから……っ」
「はい、サクラ」
「って待て! やめろ桜もライダーも、料理の途中だろ!」
「そこなんですか士郎くん……それはいいですが、みなさん。無益な争いをするというのならわたしも執行者として黙ってはいられませんよ」
「メイガス、食は大事なものです」
「わー、マスター発進マスター発進! スーツにふりふりエプロンは新しい」
「ランサー……いえ、クー・フーリン。略奪婚が根源のあなたに何を言っても無駄ね。なら実力で勝負かしら、それが一番手っ取り早いわよねきっと。シロウたちにチョコを作るのは全部が終わった後でも充分だもの」
「ライダー首にダガーの代わりに出刃包丁当てるのやめろー!」



2/14。
聖バレンタインデー。
甘いチョコに象徴される甘い愛の日である。そのはずだった。
少女(一部年齢に問題はあれど心が乙女なら少女である)たちは想いを相手に伝えるため台所という戦場に赴くはず、だったが。それがいつ一体どうして本当の戦場へと旅立ってしまったのか?
傍から見ればその姿は戦乙女を通り越して猛者だ。
「……っ、アーチャー、おまえがどう見たって原因だっ! それにいつもならこういう暴走を止めるポジションだろ、早くみんなに……」
「知るか! 呪うのならこの惨状を招いた昨夜の己の愚かな選択を呪うのだな衛宮士郎!」
そしてオレはおまえを呪う!
相変わらず戦いの中、ガンドや各種攻撃魔法に聖剣・黒い影それからグローブに包まれたこぶしを裁きつつ居間をあちこち駆け回るランサーの小脇に抱えられながらアーチャーが怒鳴った。
素だった。



「さって、いつこの騒ぎは落ち着くのかなっと」
「みんな大人ですからそれなりに暴れたら落ち着くんじゃないですか? でもなかなか引っこめないのが大人でもありますよね、しかも大事なものを懸けてるなら。大人になるって大変だ」
結界中でアンリと並び体育座りでギルガメッシュがしみじみと。
「あ、足出しちゃダメですよ。ちょっとでも出ちゃうと効果ないんです。反対に入ってれば絶対安全ですけどね」
「さすが英雄王の便利宝具ですネー、オレ最弱だからあんなとこ行ったら即オダブツですヨ。見てるだけで楽しいからいいけど」
ヒヒヒ、と笑う悪魔に小さな英雄王は困ったひとだなあ、という顔をした。それから。
「みんなから愛されるっていうのも困りものですね」
アーチャーに視線を向けて、やはりしみじみとそう、言ったのだった。


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