「……よお、待ったか」
午後一時、時計台の下で待ち合わせ。
そんなことをしたのは初めてだった。といっても別に自分が初心なわけじゃない。色恋沙汰には慣れている。ただ、待ち合わせてどうのこうのということがない、というだけで。
「あ、いや!」
すると声をかけた女がぱっと顔を上げて嬉しそうにこちらを見た。鋼色のはずの瞳は何故だか玉虫色に見えてきらっきらしてる。すげえ。
何か知らねえけど、こんなの見たことねえ。
「待ってなどいないよランサー、ほんの三時間ほど前に来たところで――――」
「馬鹿かお前!?」
女、アーチャーはきょとんと目を丸くする。一体どうして自分が怒鳴られたのかわからないように。え、マジ意味わかんないのはこっちなんですけど。
「なんで三時間も前に来る!? せめて三十分だろう! 譲ってな!?」
「まさか! 三十分など遅すぎる! 私は万全に万全を期してだな、ランサー……」
「そんな万全必要ねえから!」
怒鳴るときょとんとした顔が、しゅん、としたものに変わった。アーチャーは途端にしおらしくなってしまって、「済まない」だなんて言うものだからこっちも勢い困ってしまった。
「そうだったのか……君に迷惑をかけてしまったようだな、済まない……」
「あ、いや、迷惑とかそういう話じゃなくてだな」
慌てておろおろとフォローに入るも、この空気はどうしようもない。何となく誰にでもなく助けを求めて視線を投げてみると――――
(!?)
柱の影にあの嬢ちゃんの、姿があった。
黒髪を高い位置で結った、凛とした面持ちの嬢ちゃんはまさかに鬼女。言いたかねえが恐ろしい。
がたがたと震えていると、嬢ちゃんはにっこりと微笑んで――――。
ビッ。
右手の親指を立てて、自分の首を掻っ切るような仕草をしてみせた。
怖え――――!!嬢ちゃんマジ怖え――――!!
がたがた震えるしかないオレにアーチャーが怪訝そうに首をかしげる。一体どうしたのだろう?その幼い顔つきは言っている。
「ランサー?」
「ア、イエ、別二何デモナイデス」
全然何でもなくないのだが。むしろ何でもある。ありすぎて困る。困りすぎる。誰か助けて。
それにしたって一体オレはどうして敵であるはずのアーチャーとデートなんてする羽目になったんだ?いや、好みじゃないなんてことはない。むしろ好みだ。トランジスタ・グラマーってのか?聖杯から教えてもらったんだが。
や、ちーっとばかし背が小さすぎるような気がしないでもないけどな。まあそこは大目に見よう……なんて考えていたらまた嬢ちゃんに殺されるか。視線で。
「……行くか。そろそろ」
「あっ、えっ? どこへ?」
「どこへ? って……どこでもいいだろ。デートの定番ならどこでも」
「デート……」
そこで。
かああああ、と、アーチャーの耳が赤くなる。違う、耳だけじゃない、頬も、うなじも、見えるところは全部だ。
見えないところまで赤くなっているのかと思えば、変な想像をしてしまったとこちらまで赤くなる。
「っ、て、お前、なんで今さら赤くなって、」
「あ、いや、済まない、その、」
……不意を突かれた、ものだから。
……は?
…………は?
…………はあああ?
「ラ、ランサー?」
「アーチャーお前、それ反則」
「反則って何が、って、わっ」
抱きしめるとほのかに甘い香り。戦いに生きるサーヴァントでもお洒落というものには気を遣うのか、それとも嬢ちゃんに香水辺りでも貸してもらったのか。
とりあえず。
今は周りも人でごった返しているのだけれど、“デート”中のふたりだということで見逃してもらいたい。
後日談。
嬢ちゃんに笑顔で「ありがとうランサー、アーチャーすごく喜んでたわ。……でもちょっとやりすぎじゃない?」と笑顔で釘を刺されたことを記しておく。
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