「ま、待たせたかな」
「いや、俺もちょうど来たところだよ」
にっこりと素朴な笑みを見せる少年――――衛宮士郎に一見少年にも見える中性的な魅力を持った少女、アーチャー。
時計台の下で本当にぴったりとお互い同じ時間に待ち合わせをしたふたりは、何かと言えば。
“デート”の約束を、していたのだった。
「本当に大丈夫かしら、衛宮くんみたいな鈍感にあの子を任せて大丈夫かしら……」
「…………」
などと失礼なことを物陰からぶつぶつとつぶやくのは遠坂凛。その背後に控えるは当然人間に見えるよう普段着を着たランサーである。
「よお、嬢ちゃん。こう言っちゃ何だが覗き見たあ無粋じゃねえか? ここは若いふたりに任せて」
「任せて大丈夫かって思ってるから覗き見てるんじゃないの!」
大声で食ってかかられて思わず引くランサー、はっと我に返る凛。見つかってないかしら!?ないわよね!?大丈夫万事OKよね!?
幸い士郎とアーチャーのふたりは気づかなかったらしく、時計台の下で今も何やら話している。アーチャーの褐色の頬がほのかに赤い、それがどうしようもなくかわいらしく見えて、凛はまるで我が事のように心配してしまうのだ。
「デバガメ根性なんかじゃないわよ、これは保護欲よ、そうよ、母性本能みたいなものなんだから」
ぶつぶつとつぶやく凛。下手なことを言ってまた食ってかかられては敵わないので、ランサーは沈黙していた。
――――じゃあ、とりあえずどこか行くか。
――――あ、ああ。
「あ、移動するみたい」
ほらほら、催促する凛に両手を上げて降参のポーズのランサー。わかったわかったわかりましたよ。
「何? 文句があるの? このピッタリ青タイツ!」
「だからその言い方はやめてくれよ!」
地味に凹むからよ!と懇願するランサー、だが凛は無情にもそれをふんと一蹴した。
「今は着てないけど通常装備はアレじゃない、趣味なんでしょ?」
「だから凹むからよ! な!? あーほらほらさっさと追おうぜ、ほらほら、ふたりとも行っちまうからよ」
ランサーの言葉通り、士郎とアーチャーは連れ立って駅から離れていこうとする。ショッピングモールにでも行くのだろうか?それとも。
「行動が読めないのが衛宮くんなのよね」
足音を完全に殺して凛とランサーはふたりの後を追った。
割と無駄なスキルだった。
「……って、公園で散歩!?」
しかもこんな地味な公園!?
また凛の叫びがこだまする。士郎がアーチャーを連れてきたのは本当に地味でささやかな公園で、遊具も噴水もありはしない。それならせめて喫茶店にでも連れていってやればいいものを。
アーチャーをベンチに座らせると、士郎は「ちょっと待っててくれ」と言い残してその場を後にする。凛はほとんど怒髪天だ。
「ここで相手をひとりにする普通!? ありえない! 信じられない馬鹿なの彼!? うちのアーチャーに何してくれてんのよ!」
「嬢ちゃん嬢ちゃん嬢ちゃん、クールダウンクールダウン。な?」
必死に凛をなだめるランサー、だがぎりりっと翡翠色の瞳で睨みつけられて擬似石化気分を味わう。
「アーチャーへの無体はわたしへの無体よ! 主従は一心同体なんだから! ったく……」
衛宮くんてば、戻ってきたらどうしてやろうかしら。
残酷に無慈悲に、しかし徹底的に優雅に微笑みながら凛はつぶやく。ランサーは思わず震え上がった。遠坂凛、恐ろしい子――――!
と、そこでうっかりと衛宮士郎は戻ってきてしまった。来たか!凛が目を光らせる。ランサーが胸の前で十字を切る、だが。
「ほら。今買ってきたばっかりだから、あったかいぞ」
缶コーヒーと大判焼きをきょとんとした顔のアーチャーに握らせて、士郎はにこりとやはり素朴に微笑む。サーヴァントに缶コーヒーと大判焼き?いや、士郎にとってアーチャーがサーヴァントだということはそう問題ではないのかもしれないが……。
「……あり、がとう」
「うん。早く食べちゃってくれ。その方が美味いからさ」
ささ、と薦めつつ自分もアーチャーの隣に座って同じものを手にする士郎はまず缶コーヒーのプルタブを開けた。そうしてひとくち飲み、ほっと息をついてから今度は大判焼きにかぶりついた。
その一連を見ながらアーチャーは目をきょときょととさせていたが、自らも同じようにしてひとくちを飲み、そしてかぶりついた。
途端あふれたクリームにわずか目を丸くする。
それを見て士郎が楽しそうに、
「大判焼きって言ったら餡子が普通だけど、ここのはちょっと違っててさ。クリームっていうのもなかなかオツなものだろ?」
俺も最初は敬遠してたんだけど。言って士郎はまたひとくち、コーヒーを飲んだ。その喉仏の動きを見ていたアーチャーはふと我に返り、次いでぱくぱくと大判焼きを頬張りだす。
それは、まるで見惚れてしまった故の照れ隠しのようで。
「…………」
「…………」
「…………」
「なあ、嬢ちゃんよ」
オレたち、邪魔者って言うんじゃねえの?
ぼんやりとそう言ったランサーの後ろ髪を、凛は悔し紛れとでもいうかのように思いっきり引っ張り悲鳴を上げさせたのだった。
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