「アンタそれ、わざとやってんの?」
「? どういうことだろうか……」
目を眇めてアンリマユことアヴェンジャーは言う。ことん、と首をかしげてにやにやしながらも。
相手の顔を覗き込むようにして。
にやにやと。
「オレが言いたいのは、つまりアンタはオレを誘ってんの、ってこと」
「なっ」
……にを。
言うのかと、相手――――サーヴァント・アーチャーは目に見えて狼狽した。当たり前だろう、突然そんなことを言われれば、誰だって驚く。いや、驚くなんてレベルじゃない、感情の振れ幅はその数歩上を行く。
それが証拠に冷静沈着がモットーのアーチャーがおろおろとしている。……うん、その。
アーチャーは案外、冷静沈着に見えて急なパンチに弱いところもあったけれど。
その急なパンチ、アタックを食らわせたアヴェンジャーはにやにやしつつ、放りだされたままのアーチャーの手を握った。褐色の手の上から包み込むように握る、それより暗い褐色の手は少し小さくて。
「さっ、誘ってなどっ、私はっ、」
「どうかなぁ? アンタ、オレのマスターと同じで無意識にってタイプだもん。それが証拠にフェロモン振りまいてるよ? いつでも、さ」
「誰が――――」
「ア・ン・タ・が」
そこでとうとうと流れる言葉をいったん切って、アヴェンジャーは手の中の手に恭しくキスをした。ちゅっ、と音のする、かわいらしいものを。
するとアーチャーの顔がかああ、とさらに赤くなっていく。
「いいなあ。その顔、すっごいオレ好み」
キスしたところをぺろりと舌で舐め、さらにアーチャーを赤くさせアヴェンジャーは悪びれる様子もない。果たしてこの行動、彼にとっては本気なのか?それともいつものお遊びなのか?それもまた在り得る可能性ではあるのだ、悪戯が大好きな悪魔、アヴェンジャー。
ヒヒヒ、引きつるように笑って余計に顔を覗き込む。悪戯っぽく。悪魔が、まるで小悪魔のように。
からかっているのか?それとも本気なのか?
それは当人にしかわからない、彼の場合。
とりあえず笑顔で、笑顔で、アヴェンジャーは語りかける。アーチャーに向かって。
「ね、誘ってんでしょアンタ。だったらしよーよ」
「仕様……とは、何の……」
「じゃなくて。しよーよ、って言ったの。えっちしよーよ、オレと」
天国行かせてあげるよ?言って笑顔のまま、くりっ、とアヴェンジャーはもっと首をかしげた。その頬が肩につくほど。
それに一瞬ぽかん、として、アーチャーはわなわなと震えだす。
「な、な、な、」
そこでアヴェンジャーはアーチャーの手をぱっと離すと、己の耳を指で塞ぐ。その一瞬後だ。
「何を言ってるんだ、君は――――!」
アーチャーの大絶叫が響き渡ったのは。
「せ、性行為だと!? こんな昼間から!? それも同性同士でなど、どうかしている! 正気の沙汰とは思えない! ああ、ああ、これは狂気の沙汰だとも!」
「だってオレ、気が狂っちゃってるもん」
「可愛らしく言っても無駄だ!」
言い放つがその場から逃げないのは何故なのか。聞いてみても当の本人とてわからないだろう。ここまで混乱しきっているのだから。
狂気の悪魔VS混乱の弓兵。世紀末の対戦カードが今、ここに成立した――――!
「いーじゃんいーじゃん、ね、しよーよしよーよ。オレの部屋行ってさ。奥まったところだから誰も来ないよ、だーかーら、」
「そういう問題ではないと言っているのだが!?」
「じゃあどういう問題なのヨ」
うにゅんとアヴェンジャーの口元が吊り上がった。猫の瞳のように悪戯なそれがアーチャーを見据える。狂犬は、猫の瞳でアーチャーを見た。ねーねーなんでどうして答えてオレ馬鹿だからわかんない。
アーチャーはわなわなと震えて、
「…………だ」
「え? なに? 聞こえませーん」
「…………!」
「だから聞こえないってゆって、」
るんです、け、どー。言おうとしたアヴェンジャーの声は次の瞬間上がった咆哮によってかき消された。
「は、恥ずかしいからに決まっている、から、ではないかと言ってるんだ……っ!」
照れて。
というか(見た目)デレて。
床に視線を向けつつ、つぶやいたアーチャーをアヴェンジャーはきょとん、とした目で見つめた。ぱちぱちぱち、繰り返されるまばたき。
「やだ、アンタってば」
ぽつり、と漏れた声。
「ほんとのほんとに、かーわいいんだぁー……」
不意に漏れた、というようなその声に、アーチャーはばっと顔を上げて何か言おうとするが、その前に額にくちづけされて体を竦ませてしまう。
「アンタほんとにかわいいけど、かわいいから、これ以上は手出しできないわ。今日は、だけどね」
きゅんときちゃいました、オレ。
そう言ってにっと笑うと、身を翻してアヴェンジャーはすたすたと廊下を歩いていってしまう。ぽつん、取り残されたアーチャーは。
「な……何だったんだ、一体……」
心底からわかってない様子でそうつぶやいたという、そんなお話。
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