「ドッキン☆ハートにまばたきショット! アナタのハートを貫くゾ☆ってなわけでアヴェンジャーことアンリマユ、参上しました!」
「とりあえずちゃぶ台に足を乗せるのは止めてくれないか」
行儀が悪い。
どこかおずおずと述べたのはアーチャーで、その顔にはアンリの人差し指が突きつけられている。その横でピキピキと額に青筋を刻んでいるのは士郎。彼の手が真横に払うように、素早く動いた。
「あいたっ」
ズパン、と痛そうな音がした。あるいはゴチン、だったろうか。とにかく痛そうな音だ。
ちゃぶ台に乗せた足を手で払われ、アンリは当然畳にすっ転がった。当然である、軸足を刈り取られたのだ。それで立っていられる筈がない。
「シロ、ひっどい! なんでこんなことするのさ!」
「うるさい、人の喋り方真似するな! 頭来る!」
「頭来てるのはそれだけじゃないくせに」
「わかってるならやるなよな!?」
やーだー、と語尾を伸ばしてごねる子供の口調でアンリは言った。両手を握って、ぶんぶん体を左右に振って。
「シロだってアチャ男くん? のこと好きなのは知ってるけど、だからってオレは譲れないわけデスヨ! 何てったって恋は戦い! なんですから!」
「だから恋とかじゃない!」
「素直じゃないなァ」
にっしっしっ。
にまにま笑って言うアンリに、士郎のピキピキ度がさらに高まった。おそらくは血圧もさらに上昇。健康に悪い、相当に悪い。
「お前な――――」
畳に転がったままでアハハーと笑っているアンリに指を突きつけて、士郎が言おうとしたときだ。
パシン、と華麗な音を立てて襖が開いたのは。
「誰が呼んだか冬木の猛犬参上だ。待たせたなアーチャー」
また厄介なのが湧いた。
士郎は思った。そう思った、心底思った。これ以上湧かなくていいのに、参上じゃなくて惨状だろう!
上手いこと言わなくてもいいのに、と思っただろう。誰かが士郎の脳内を読んだなら。
そんな間にも誰が呼んだか冬木の猛犬ことサーヴァント・ランサーはつかつかと正座したアーチャーのところまで歩いていき、アンリと彼の間に割って入る。そうして、
「悪いが、貫くのはオレの専売特許でな。ポッと出のそんじょそこらの雑魚に任せるわけにゃいかねえんだよ」
「あらやだ」
その言葉に手に口を当ててアンリが言う。目をくりんっ、と丸くして。
「いきなり出てきてナニ、この青い人。超絶失礼なんですけど」
「お前が言うな」
だった。まさに真実だった。お前こそいきなり出てきて何なんだ、だった、士郎的には。そして超絶失礼だとも。
「そんなわけでアーチャー。お前の心臓を心身的にオレに貫かせてくれ。大丈夫だ、痛くはしねえよ。天井の染みを数えている間に終わ――――」
「アイルランドの英雄がそれってどうなんだ、ランサー」
冷えた声だった。あまりにも。男子高校生が発するにはあまりにも冷えた声だった。確かにランサーの発言はあまりに昭和的だとも思うものだったが。
「あらやだナニこの人! えっちすけっちわんたっち! こんなところでナニする気ですカ!? 変態! 痴漢! 破廉恥漢!」
「ランサーもお前にだけは言われたくないと思うな」
冷えた声だった。さっきよりもっと。もっともっと。というか、士郎的にもう臨界突破しそうだった。助けて誰か。常識人来たれ。
「この泥棒猫!」
甲高い声が響き渡る。何事かと見てみれば、先程ランサーが開け放った襖のところに堂々と仁王立ちなさる遠坂先輩のお姿。
赤いトップスに黒いスカート、ニーソが今日も魅力的だった。
「いえ、犬かしら。狂犬に駄犬に……鬱陶しいったらないわ。目の前の餌にダラダラ涎を垂らしてみっともない。わたしのアーチャーを汚らわしい目で見ないでちょうだい」
どこぞの毒舌シスターが降臨したかのようなフルスロットルっぷりに、腕組みでプラス迫力は充分。
とおさか、とさすがに士郎さえちょっと引いて言うが、遠坂先輩は引かなかった。どんと構えて勝負に出る気満々だった。
「ああ鬱陶しい鬱陶しい、本当に鬱陶しい。ハアハア息を荒くしてわたしのアーチャーに迫らないで。それ以上やる気ならわたしの方も考えがあるわよ、ねえ桜」
「はい、姉さん」
ねえ、桜?
ねえ、桜、と今、遠坂先輩は言ったのか。そして背後ではい、姉さん、と春の花の名を持つ妹が答えたのか。
そうして、すぅ、と、彼女たちの背後から出てきたのは――――。
「ライダーに命じてあんたたちを石像にすることだって出来るのよ。脅しじゃないからね、わたしは本気よ。ねえ桜?」
「はい、姉さん。わたしも本気です。ねえライダー?」
「はい、サクラ」
何故だかお家で戦闘服モードなライダーが半分ほどくい、と目隠しをずらす。危ない。危ない危ない危ない!
「この目で一睨みするだけで、わたしにはあなたたちを石にすることが可能です。サクラが一声命じれば、わたしは躊躇うことなく実行するでしょう」
「アンリさん、ランサーさん。残念ですけどライダーには手加減が出来ません。ですから、完全に石像になっちゃいますけれど、仕方がないですよね?」
いやいやいや。
にっこりと微笑んで言う桜の背後には黒い蛸、いや影、ひらひらとスカートの裾から出ている。何かが。
生命の危機を感じる、だが士郎はそこで引かなかった。ぐっ、と堪えて立ち上がる。
立ち上がって――――。


「っ」
「!」
「え」
「…………!」
「、」


ぷは、と息を大きく次いで、士郎は耳と頬が熱くなるのを感じながらアンリ、ランサー、遠坂先輩、桜、それからライダーを見やる。
完全に体勢は宣戦布告、モードは最終奥義発動可能。そして心根は――――!
「こいつは俺のものなんだ! お前らには、絶対に渡さないんだからな!」
「……シロ」
「坊主……」
「……衛宮くん」
「先輩……」
「……士郎」
ゴッ、と。
そこで五人分の闘気が、湧き上がる。
「へぇ、本気なんだアンタ。いーよいーよやろうじゃん、楽しみじゃん! 最弱だけどオレ、やっちゃうよー?」
「アーチャーを貫く前に坊主の心臓をもう一度貫くことになるとはな……」
「衛宮くん、いい度胸ね。うふふ」
「ですね。うふふふふ」
「…………」
笑顔のアンリ、真顔のランサー、微笑する姉妹に無表情のライダー。
「お、おい、衛宮士郎……」
さすがに手助けが必要と取ったのかあるいは否か、とにかく焦った様子で服の裾を引いてくるアーチャーに振り返って士郎は、
「大丈夫だ、アーチャー。俺、お前のためなら命張れるから」
「そ、」
そういうことではないというのに!
そう、アーチャーは叫びたかったのか。真実はわからない。次の瞬間衛宮邸は戦場と化したからだ。
ご近所さん隣三軒までご迷惑をかけたその大戦は後々まで語り継がれたという――――。

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