えっと、なんでだか、おこられた。
ころころと床を転がっていく包帯を見ながら、ランサーは“納得行かない”という思いでいた。
心配したのに、自分は心から彼を心配したというのに何でだか彼は自分を怒って。傷を負っているくせに怒って痛そうな顔をしやがって。馬鹿なんじゃないだろうか。愛されていることを知らない、馬鹿。
「ばかやろう」
「……何か言ったか、ランサー」
「いいええ」
ついっと目線を逸らして答える。そうだ、自分の心中は取り置いて。彼は今、何だかとてもご立腹。傷を負ったからとか、何だとかそういうのじゃなくて。そうだ、傷を負ったから怒るだとか彼はそういう短絡的な思考をしていない。そこにはもっと難しい理由がある。彼、自身にしかわからないことが。
ランサーにはたぶん、話してもらえるまでわからないだろうことが。
だけどこの男はきっと話しゃしないんだろうな、思ってランサーはとりあえず未だ床を転げる包帯を取り上げる。そしてぽんぽんと埃を払って救急箱に入れた。そして蓋をする。
ぱちん、と金具の音を立てて。
彼はマスターからの魔力供給をあまり満足に受けていない。だから傷の治りも遅くてそれはまるで一般の人間のようだった。そう、それさえもはや人間のように。
治りが遅くて。
――――それを。
気遣っては、いけないというのか。
気遣っては、勝手だと怒られるのかと。ランサーは思って、少しだけむっとした。自分で思ったことに、何だかむっとした。
(何だよ)
あいしているやつを。
気遣ってはいけないのかと。思って、ランサーはむっとしたのだ。彼が、アーチャーが怒るのはいい。けれど自分が気遣うなと言われるのは。それは、それは、嫌だ。
それは何だか嫌だった。
自分の行動を、思いを、沙汰を、誰かに決められるのは嫌だった。たとえばそれが彼相手だったとしても。
自分のことは自分で決めて、動いて、尽くして、終わりたい。
そうでありたいし、そうだった。だとしたのなら最期までそうなのだ。
だから、
「……ランサー?」
不審そうな声を上げる奴をかまわずに、立ち上がって傍に近づいていった。そして腕を掴むと滲んだ箇所に力を込める。当然奴は、痛がった。
「――――っ」
ほら、押し殺す。いいのに、痛がっていいのに。“痛い、ランサー”と言えばいいのにどうして我慢する。我慢するべき場所を間違っている、奴は。
そんなんだからいけないんだ。うっかり残酷な気持ちにさせる。間違ったサディスティックな気分に。
「言えよ」
押し殺した声で、ひとこと。
「……何をっ」
「痛いって。素直に、言えよ」
「誰が」
おまえが、だ。
そう思って、掴んだ箇所にもっと力を込めて。ああ、痛いだろう。だってこんなに血が滲んでいる。だったら傷はどうなのだろうな。
知らないし、知りたくもない。けれど。
押し殺した声で乞いながら、押し倒していって。これは間違っているかなだなんて思って。でも怒られたんだ。不本意なことで。
なら、自分だって怒ってもいいだろう?
心配したんだ。すごくすごく心配したんだ。それなのに怒られた。どうして。
どうしてなんだ。
「話さなくてもいいから」
いいから、ひとことだけ言ってくれれば。
痛い、と。
それだけを、ただ。
理由なんていらない。心配させてくれなんてもう乞わない。だから言え。痛い、と。
そう、ひとことだけでいいから、言ってくれ。
「アーチャー」
声が掠れる。なんだ、相手が怪我なら自分は熱病か?洒落にもならない。誰も笑うほど面白くない。けれど声が掠れる。熱に浮かされて、うっかり欲望にまみれた残酷さに溺れそうになる。
理想を抱いて溺死しろ。
そう彼は言っていた、だけど自分が溺れ死にしそうになるのは全く違う感情で。
「心配なんだ」
自分はひとことだけ、溺れ死にする前にそう言った。奴は何も言わない。
手にじわり、滲んで伝わってくる赤い、血の、いろ。
「怒るなら、怒ってもいいから、だから、」
言え、と。
乞うて、強いて、自分は床すれすれに押し倒した彼に顔を近づけていく。
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