「へえ、アンタいい女じゃん。どうよ、戦争なんて抜きにして俺のものになってみな……ウソウソ、だからそんな怖い顔しなさんなって」
かわいい顔がだいなしだぜ?
全体のトータルカラーを鮮やかな緑でまとめた見た目軽薄な青年は笑いながらそう言って降参の意志を示す。それにようやっと満足したように、矮躯の少女はかまえた双剣を下ろす。
「かわいいだのと何だのと。戯言はやめてもらおうか」
「だって、真実なんだから仕方ないでしょうよ。なあ旦那?」
しかし背後の老人からの答えはなく、青年もそれを望んではいない。結局はただのポーズなのだ。
「くっ、馬鹿にして。……マスター、この男は見ていて不愉快だ。さっさと片付けることを提案する」
「あらら、すっかり嫌われちゃったよ。ショックだなぁ……」
なあ?今度は矮躯の少女に向かってひらひらと手を振ってみせる青年だが、少女は再び剣をかまえようとする。だーかーらギブギブ。
気の抜けたようでいてその実はぴんと張り詰めた空気がその場に漂った。
「……アーチャー、戦いに戯れは不要だ。何なら令呪をもう一度使っても――――」
「またまた! 旦那ってば、冗談きっついっすよ!」
笑いながらあはは、と老人に向かって本格的に手を振り始めたその隙に少女が剣を握った手に力を込める。一触即発。その空気を破ったのは。
「おう、アーチャーじゃねえか。おまえさんもこの戦争に呼ばれたとはなぁ。いやいや、偶然ってのは恐ろしいもんだ」
艶やかな青い髪を後ろでひとつにくくり、細身で筋肉質な体にフィットする武装をまとった男が現れて少女に親しげに声をかけた。アーチャー?青年が男の言葉に怪訝そうに眉を上げて、
「なんでアンタ俺のクラス知ってんの。俺、アンタと会ったことないんすけどねぇ?」
「は? なんでだよ、俺が言ってんのは、」
青い男が、ぴっ、と白くたおやかでさえある指先で少女を指す。
「アーチャーだよ、オレの運命の女! 震えが来るほどいい女だろ?」
「は?」
青年が怪訝な顔のまま男と少女を交互に見る。そして、ぽん、とてのひらにもう一方の拳を打ちつけた。
「お嬢ちゃん、アンタと俺とは同じクラスってわけだ。なるほどなるほど、――――こりゃ運命的だ」
「あ?」
先程よりも数段ガラが悪く男は声を発し、少女の心をざわめかせる。またもや一触即発――――その空気をまたも破ったのは!
「ちょっとランサー、あんたいきなり校内でバトル始めようだなんて何考えてるわけ!? しかも原因が色恋沙汰とか!」
あんたセラフに消されるわよ、間違いなく!
怒鳴り声を上げて凛とした少女がつかつかと中央に進み出る。おっとマスター、いや嬢ちゃん。男はそう言って彼女に場所を譲った。
マスター、それは矮躯の少女、青年、男たち“サーヴァント”が従わなくてはいけない絶対権利を持った存在である。
「ほんとになにやって――――って、あなた」
少女は鬱陶しげに流れる髪をかき分け、前を向いたところでやっと騒動の張本人たちが誰だか気づいたようだ。規則通りの制服を着た彼/もしくは彼女が手を軽く上げて挨拶をすると、彼女も礼儀正しくそれに倣う。
「何かがあると大体あなたたちがいるのよね。あ、別に嫌味とかで言ってるんじゃないのよ、ただね、セラフに目をつけられると後々が厄介だから、」
「嫌味に聞こえないこともないぞー、嬢ちゃーん」
「うっさいわねあんたは黙ってなさいッ!」
少女の豪胆な一喝。男は「……はーい」とおどけたようにでもなくそれを受け入れた。でね、と何事もなかったかのように話に戻る少女。彼/もしくは彼女が戸惑っている中、とうとうといかにセラフに逆らうことが愚かかということを話し終えた少女は彼/もしくは彼女の隣の矮躯の少女に気づいて、
「……ねえ」
「何だろうか」
呼びかける声と警戒する声。さながら軍人のそれを解きほぐすかのように少女は笑って、矮躯の少女に、
「あなたのマスターの触り心地は試してみたけど、わたし、まだ、あなたの触り心地は試してないのよね」
「……は?」
「だから、試させて?」
頂戴、とにーっこり笑ってそう言うと、少女はズバッと両手を突きだした。その先には矮躯の少女の体。間違いなく本気の少女の目に、まなこに、まなざしに、矮躯の少女は冗談じゃなく慌てる。
「ま、待てっ! 待て、遠坂凛! そんなことの何が重要で――――」
「ああら、スキンシップよ。女の子の、特別な、ね?」
「嘘だ嘘だっ、君の目は明らかに“狩る側”のそれだっ!」
「それだっ!」
「だからあんたは黙ってなさいってのっ!」
景気よく合いの手を入れた男を少女が怒鳴りつける。だが男は慣れたもので、平気の平左だ。そして少女も慣れたもので、いったん下ろした手を再び突きだして迫ってくる。
「うふふふふ……怖くない……大丈夫、怖くないわよ〜……」
「嘘だっ! 怖い! もう既に私は恐怖を感じている! あと“保健室には近づくな”との天啓をいま受けたっ!」
「なるほど、保健室プレイがお望みと」
「言ってない言ってないーっ!」
「お嬢ちゃん……アンタかわいい顔して随分とマニアックだなぁ」
「私は関係ない! 何かを考え込む様子を見せるな! ランサー、君もここで助けに入るくらいの男気を見せないか! 〜マスター、君は一番ここで事態を収拾してくれるべき人物だろうーっ!」


「いや……だって……」
彼/もしくは彼女はそうつぶやいて。


「こんな惨状とか、到底無理」


「逃げるなーッ!」


ごめんアーチャー、俺/わたし、おまえ/あなたのこと愛してた!
彼/もしくは彼女はそう言ってかぶりつきの位置に陣取る。正直外道のすることだ。どこかの神父に似ている。その周りをくるくるくると回るふたりの幼女たち。
「ねえあたし、お姉ちゃんとってもかわいそう」
「ええあたし、でもそれも仕方のないことだと思うの」
だってお姉ちゃんは不幸の星の元に生まれたひとだから!ぴったりとハモるふたりの幼女たちに、くらくらと眩暈を覚える矮躯の少女。その背後に立つ道化のような性別もわからない奇怪な存在はじっと彼女を見つめ、「オナカガスイタナア。アナタ、トッテモ、オイシソウ」などと物騒なことを言ってくる。
「いっそ……っ」
溜めて溜めて溜めて、あらゆる鬱憤を溜めて矮躯の少女は叫ぶ。両拳を握り締め、校舎内全体に響き渡る大声で、


「“私”というデータを消去してくれ――――っ!!」


もちろんそんなことは承諾されなくて、矮躯の少女は周囲に愛されつつ今日もまた磨り減っていくのだった。
「む!? 余は美少女も美少年もイケるぞ! むしろどっちもオッケーだっ!」
「んー、わたしはイケメン魂持った方が好みなんですけどねー。でも、イジメ甲斐がある感じのお方も別口でイケますよ♪」

back.