「…………」
ジャコッ。
貼り付いた笑みをその顔に浮かべ、衛宮切嗣はその銃に弾丸を装填した。
そして笑んだまま、あくまでも笑んだまま、目の前の光景に向かって語りかける。
「士郎、またイメチェンしたんだね? 随分と色白になって……ああ、服も変えたのか。よく似合ってるよ」
でもね?首をことん、と傾けて切嗣は。
「隣にいる馬の骨は徹底的に君には似合ってないと僕は思うんだけどどうかな!?」
「いやどうかな!? じゃないっすよお義父さん! オレもこの件については勘弁願いたいんで!」
隣にいる馬の骨、ことランサーは必死になって手を突きだした。ぶんぶんと大きく横に振る。まさに死に物狂いといったところだ、うん、それがまさに相応しい。
そんなランサーの腕に腕を絡めてぴったりと寄り添った士郎ことアーチャーだったが――――どうも様子がおかしい。
まず、彼はツンデレである。こんなに素直にランサーに甘えたりなどしない。
それから、肌の色。彼の地の色は褐色だ。間違っても死蝋のような色白ではない。あとは……目の色。
「目の色まで変わるほどその男にどうこうされたってわけかい、士郎……!?」
それってレイプ目って言うんだよね!?お父さん知ってるよ!
銃を持ったままだんだんと地団駄を踏む切嗣である。だがその知識、ちょっとばかし間違っている。何となく惜しい感じではあるが。
「とにかくそいつから離れるんだ士郎! そして僕の方へ来なさい! 小一時間ほど説教するけどね、大丈夫痛くしないから!」
「…………? あの男は何を言っているんだ、ランサー?」
わけがわからない。
なんて感じでランサーに余計に擦りよりざわざわわ、と鳥肌を立たせながら士郎ことアーチャー、いや、アーチャーオルタは言った。
「そもそも、あの男は誰なんだ?」
「な――――」
ごとん。
鈍い音を立てて、銃が切嗣の手から落ち、地面と接吻を交わした。それと同時にランサーはアーチャーオルタを突き飛ばし、彼を地面へ転がさせる。
「あっ……」
「いいか、オレに気安く触んじゃねえよ! オレにはアーチャーっていうれっきとした恋人がいてだな、」
「ランサーくん、」
はい?とランサーが反応する、その刹那。
「!」
Time alter・square accelを最大限に使用して加速すると、切嗣はランサーの背後に回り込んだ。それから彼の首元に露わになった刃の切っ先を押し当てる。
最速の英霊に速度で勝利した人間が――――今ここに、爆誕したのであった!
「ランサーくん。君は以前、僕に士郎を愛していると言ったね? それなのに、今の態度は何なんだい? まさか、心変わりでもした……なんてわけじゃないだろうね」
「いや! それは違くて! というか、あれはアーチャーじゃなくて、」
「じゃあ誰だって言うんだい!?」
カラーリングがちょっと違ってるけどあれは士郎じゃないか!
叫ぶ切嗣に“ああこれはめんどくせぇおっさんだな”と内心でランサーはつぶやく。すると食い込んだ切っ先がさらに肉を抉って、
「……聞こえたよ」
「読心術!?」
「愛息子のことについては僕はエスパー並みの力を得るんだよ!」
親っていうのはそういうものさ、切嗣は言うがそこまですごい親はいない。あんまり。というか、そうは、いない。
「とりあえず、士郎に謝ってもらおうか。そうだね……地面に額を擦り付けて、火が起こるほど激しい摩擦を……」
「いや、そうする意味がわからないっすお義父さん」
「まだ僕をそう呼ぶのかい……?」
ぐい、とさらに抉る切っ先。サーヴァントの強靭な肉体を傷つけ得るナイフとはただものではない。というか、気合い?
親としての気合い?
まず人間として普通に生きていくにはあんまりいらない類いの気合いである。
そのときだ。
「ッ――――」
己の耳すれすれを通過していった双剣のうちの一本にランサーは動揺し、その背後の切嗣は舌打ちすると距離を取る。
今まで倒れていたアーチャーオルタが双剣を投影して怒りのオーラを発しながら切嗣を親の仇のように?睨みつけた。
「かわしたか。運がいいな」
「士郎……!?」
「私はそんな名前ではない。アーチャーと……そう呼んでくれ。ランサー」
前半は切嗣へと、後半はランサーへと。
冷たく言い捨てるのと甘く言い寄るのと、あまりにも両極端。
背後でショックを受ける切嗣を一応は放っておいて、ランサーは反吐が出る、と顔を歪める。
「オレのアーチャーはおまえなんかじゃねえ。あいつたったひとりだ。……オレは今からあいつを迎えに行く。わかったらそこをどけ」
「わからないな、ランサー。君のアーチャーは私だよ? 運命で固く繋がれた間柄だ、恋仲だ。だから……抱いてくれ」
「誰が抱くか!」
「誰が抱くだって!?」
「あーめんどくせぇ!」
アーチャーオルタだけでも面倒臭いのに切嗣まで加わってくるとなると。
ランサーは全て放り投げて逃げだしたくなってしまいたくなりつつ、ここで悔恨を残すのは得策でないと思う。あと、放り投げたら夢に見そうだ。
毎晩毎晩それは勘弁してほしい、と願うランサーの目の前で繰り広げられるのは時代を越えた親子喧嘩。
「貴様は一体何なんだ。私とランサーの恋路を邪魔する者は何物であろうと滅するぞ」
「士郎! 僕に向かってそんなことを言うなんて……あの馬の骨の影響だね!? 大丈夫、わかってるよ!」
「私の愛しいランサーに向かって馬の骨とは何だ、貴様……どうやら本当に殺されたいらしいな……」
それもとびきり惨たらしくな、言ってアーチャーオルタはぺろりと双剣の一本を舐める。ゆらりと沸き起こるは黒い殺意のオーラ。
びりびりと肌に痛みさえ覚えるその重圧に、目を見開いて切嗣は幾度目かのショックを受ける。よろよろ、とよろめいて、力なく地面にうずくまった。
「……そうか」
その手が。
「――――何もかもその男の影響なんだね!? わかったよ、害虫は僕の手で駆除する! おしおきはそれからだ、きついの行くけど我慢してくれよ、士郎……!」
「いや全然わかってねえし!」
手に拾った銃に再び弾丸を装填しながらヒットマンの瞳で言い放った切嗣に絶叫するランサー、目を眇めるアーチャーオルタ。
「だから私は士郎などという名ではないし、貴様のことなど知らないというのに……それはそうと愛しているぞ、ランサー!」
切嗣に対する態度とは打って変わって愛嬌スマイルで腕の中に飛び込んでこようとするアーチャーオルタから全力で逃げようと算段するランサー、そのランサーに冷酷に狙いを定める切嗣。
「あーもうほんとめんどくせー!」
アーチャー早く助けに行くからなー!
叫ぶランサーに、飛び込んだアーチャーオルタと発射された弾丸が同時に着弾しようとしていた。
back.