あんなところにアーチャーを独りで行かせるわけにはいかないよ。
彼女のマスターである凛がそう言い張るので、アーチャーはほとほと困り果ててしまった。一体、何故、どうして彼はこんなにも彼女が教会に行くのを嫌うのだろう?
そもそも教会を管理するシスター、言峰綺礼は凛と旧知の仲だったはずだ。それが、何故?
「旧知の仲だから言ってるんじゃないか」
もう、アーチャーはこれだから心配なんだ。
年頃の少年らしくふくれっつらで言う凛はどこか微笑ましくて思わず笑いそうになってしまうが、それはきっとノーグッドだ。凛は子供扱いを言の外嫌う。
「だが、凛。この書類は言峰に届けないとならないのだろう? 嫌だ駄目だでは貫き通せないぞ」
「そんなの使い魔に行かせればいいじゃないか。アーチャーが行くことなんてない」
「……私も厳密に言えば君の使い魔なのだがね?」
「何を言うのさ、アーチャー。君は僕の大切な……」
とうとうと“アーチャーが自分にとっていかに大事な存在か”を語り始めた凛に、ため息をつくアーチャーなのだった。
「――――で」
アーチャーの隣にはむっすりとした顔をした凛。アーチャーは困り顔で書類の入った封筒を差しだしつつ、
「折衷案だ。ランサー、悪いがこれを君のマスターに届けてはくれないだろうか」
「あん?」
派手な柄のシャツを着て花壇に水撒きをしていたランサーという名の美女は眉を寄せて一応はそれを受け取ってみせる。だが。
「言峰なら奥にいるぜ。いけ好かねえ奴だが、直接行って渡してくれば……」
「それが嫌だから君に頼んでるんじゃないか」
あからさまに機嫌悪く言い放った凛に目を丸くして、ランサー。アーチャーをちょいちょいとその白くたおやかな指先で招き寄せると、
「よお、今日もかわいいな――――じゃなくてだ。遠坂の坊主は、どうしてああも不機嫌なんだ」
「それは……話すと長くなるんだ、途方もなく」
「だろうな。特に語り手がおまえだったらな」
「ちょっとランサー。僕のアーチャーに失礼なこと言わないでくれる?」
「そいつは聞き捨てならねえ。誰が、誰のもんだって?」
ランサーはにっと笑いアーチャーを腕の中に抱き込んだ。女性だが長身の部類に入るランサーの腕の中に、小柄なアーチャーはすっぽり収まってしまう。アーチャーは慌てた。自分を襲った状況にではなく、これから起こる――――怒る――――現実に。
「ランサー!」
凛は怒鳴り声でランサーの名を呼んだ。眉をきりきりと吊り上げて、全力でランサーを睨みつけている。
それでもランサーは涼しい顔だ。自分に叩きつけられる怒りを涼やかにいなしてしまい、アーチャーの頬に頬擦りする。
「……そう。君、死にたいんだね?」
にっこりと。
この状況にはふさわしくなく笑顔でそう言い、凛は人差し指に魔力を込め始める。ガンド発射よーい、だ。
しかしあくまでもサーヴァントと言いつつ女性相手に少年と言えど男性がそれはないのではないだろうか。
けれどそんなこと、頭に血が上ってしまえば判別不可能。凛はキュイイイン、と黒い魔力の弾丸を――――、
「何をしているのかね? 凛」
そこに、抑揚のない静かな声が響いた。すると魔力は集中力を欠いたからか雲散霧消して、アーチャーはほっとした。だが。
「綺礼……!」
そう。
そこに現れたのは、遠坂凛の天敵。言峰、綺礼だった。
シスター服をまとった言峰は光のない目で光景を把握し、口元をわずかに吊り上げて笑う。いや、嗤う?
どちらにしても、それはひどく禍々しかった。神に仕えるシスターなどでは決してない、というかのように。
「おまえのところのサーヴァントが僕のアーチャーに手出ししたから躾けようとしてたところさ! 邪魔しないでくれるかなあ?」
「ほう。……ランサーよ、そうなのか?」
「とんでもねえ。ただのスキンシップだぜ」
「だ、そうだが?」
「そのスキンシップが許せないんだよ!」
殺したい、ああ殺したい!
笑顔で物騒なことを言い、凛はまた人差し指に魔力を込め始める。これでは何をしに来たのかわからない。喧嘩を売りに来たのか?違うだろう。
その背筋をなぞる――――、
「ひぃあっ!?」
背筋に走った、ぞくぞくぞく――――という悪寒に、アーチャーは戦慄する。何だこれは!?その場の雰囲気に気圧されたか!?まさか、この私が!?
だが、それは違っていた。
「ほう、いい反応をするではないか。フェイカー」
「ギルガメッシュ……!?」
だった。
英雄王、いや、女王様だった。
女王様は凛が魔力を込めているのと同じ人差し指でアーチャーの背筋をなぞり、悲鳴を上げさせたのだ。そしてご満悦とばかりににやりと微笑む。
「この金ぴか……! おまえまで僕のアーチャーに手出しするわけ!? 殺すよ!?」
「何を言うか、雑種。貴様などに我が殺せるわけないだろう。その逆ならばた易いだろうがな!」
「り、凛……! 頼む、少しクールダウンしてくれ! 心臓に悪い!」
サーヴァントが二騎に得体の知れないシスターがひとり。対してこちらはマスターとサーヴァントがひとりずつ。戦力では劣っていると、それに相手側に得体の知れないものを感じると、アーチャーは悟っていた。自分だけならまだいい。自分だけへのセクハラなら。だが、凛へ被害が及ぶとなると――――!
「凛!」
常に余裕を持って優雅たれ、忘れたわけではないだろう!?
アーチャーが叫ぶと、凛のまとったオーラが不意に色を変えた。黒いそれはなりを潜め、色をだんだんと変えていき――――。
「そうだね」
凛はにーっこり、と笑って。
「常に余裕を持って、優雅にこのろくでなし共を駆逐するべきだよね」
「――――!?」
違う!それ違う!絶対違う!果てしなく違う!ネバーエンディング違う!
心のうちで叫ぶアーチャーだが凛にその思いは届かない。今や真っ赤なオーラをまとってあかいあくまとして降臨した遠坂凛は、指先をぴたりと器用にアーチャーには当たらないよう、左右撃ちでそろえた。さながらウェスタン・カーニバルだ。バンバンバーン。
「楽に逝けたらいいね」
地の底から響くような声で凛は言い、弾丸は、マシンガンのごとく勢いよく無数に発射され。
言峰教会は、華麗に優雅にボッコボコにされたのだった。
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