「釣れていますか?」
背後からの声に振り返れば、紗のような金髪を風になびかせる美少女がそこにいた。自分であれば見惚れ言葉を失うのだろうな、と何となく思い、そうではなく言葉をなくす。
有り体に言えば無視をした。するとむっとしたのか、続けて声をかけてくる。
「確かにわたしたちはあなたを打ち倒しました。ですが、それはあなたも知っての通り、駒を進めるのに必要なこと。わかっていたからあなたもあの橋を守り、わたしたちに向かってきたはずです」
わたしと、シロウに――――。
少女が“シロウ”と呼ばわる存在は遠くにいてどこか知らぬところを眺めている。意識してそれをやっているようで、子供じみたことをするものだと我ながら呆れた。
だがしかし、今のあれは己であって己ではないようだが。
「……いや、随分と盛大に斬ってくれたものだと思ってな。この世界が一日目になれば元通りになり繰り返すものだからよかったものの、そうでなければ私はこの世界から消え失せていた」
「なっ、それはですねっ、あなたが本気でシロウを、」
「殺そうとしていた。それは認めよう。だが君も本気で私を殺そうとしていただろう?」
「それは……」
少女はそこで辛そうな顔をするとうつむいた。そんな顔をするのはやめてほしい。まるでいじめているような気持ちになる。
こんな言葉で追い払わなければならないこちらの方が、余程辛いとは言えもしないのに。
「……アーチャー。どうしてあなたはシロウの命を狙おうとするのですか? あの聖杯戦争で答えは得たと聞いています。それなのに、何故」
「考えが変わることもあるさ。答えを得たとしてもそれが間違いだったとしたら? ようやっと手に入れたと思った宝物が贋物だと知ったら、セイバー。君はどう思うかね」
「――――!」
彼女は。
弾かれたように、顔を上げた。ひどく傷ついた、そして驚いた顔をしていた。それからおずおずと、
「アーチャー。あなたの手に入れた答えは、贋物……だったと。そう、言うのですか?」
「さてね。私にも、私の心の内はわからな――――」
「セイバー」
そこで、少年が声をかけてきた。衛宮士郎。少女である、セイバーのマスターだ。
果たして、それが本物かどうかは、知れたものではないが。
「そいつの言うことに耳なんて貸すな。結局煙に巻くようなことばっかり言って、人を惑わすんだから。俺だって……」
「シロウ?」
不思議そうに首をかしげる少女の前で、少年は口をつぐんだ。その顔は耳までがほんのりと赤い。
「……行こう、セイバー。これ以上ここにいても、何もない」
「あ、待ってくださいシロウ!」
少年は踵を返す。少女は俄かに慌ててそれを追おうとした。だが、
「アーチャー」
「……何かね」
「わたしは、思うのです。あなたが手に入れた答え、それが贋物であるはずがないと」
「私にもわからないのに、他人の君が何故わかる? セイバー」
「それは……」
少女はいったん口を閉じた。それから、彼女自身が答えを得たように。
「あなた自身が勝ち取った答え。それが贋物であるはずがない。何故なら、あなた自身の力を賭して得たもの、それがまがいものであるはずがないのだから」
そう言うと彼女は踵を返し、少年の後を追いかけていった。
「……セイバー」
少し違う発音で、声音で、その名を呼んでみる。もちろん彼女には聞こえないように。
「オレはね、答えどころか自分自身がまがいものじゃないかって、今でも思ってるんだ」
まだ、わからないんだよ。
ささやいた答えは誰も聞くものがいなかった。海に捨てたのだ、当然だろう。海はそのささやきを飲み込んで、波の内に取り込んでたゆたっている。


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