「……アーチャーさん。どうしたんですか、暗い顔しちゃって」
そう呼びかけてくる少年は、心配そうな顔をしていた。
けれど成長した姿はひどい暴君で、その姿を知っている者なら迂闊には近寄らないだろう。だが今の自分には彼を避ける気力がなかった。 魔女の言葉が胸をかき乱す。あなた、言えばよかったんだわ。
「ボクでよければ話をお聞きしますけど……本当はマスターが適任なのかな。一応あれでも、シスターなんだし」
でも、マスターったらこのごろ姿を見かけないんですよ。
そう言ってから少年は静かに、
「そろそろ終わりが来る……ってことなのかな」
その言葉を聞いた途端。
アーチャーの体には力が戻り、少年の細い肩を掴んでいた。
「わ、わ! どうしたんですか、アーチャーさん!」
「今、言っただろう! 終わりが来る、と……英雄王、君、何か知っているのか!?」
「あちゃあ。うっかりしちゃったかな、前々マスターの癖が感染っちゃったのかも」
ぺろりと舌を出す少年だったが、おそらくそれは単なるポーズで。
本当はすべて計算済みなのだと、知れるような態度だった。
「そうですね、そろそろボクたちみんなこの世界ともお別れしなくちゃならないときが来ちゃったみたいです。お祭りは終わって、幕が下りるときが来たんですよ。ボクたちサーヴァントだけじゃなくて、マスターたちも、普通の人も、みんな」
「終わる……」
それは。
この箱庭に終わりが来るということなのだろうか。衛宮士郎の殻を被ったあの“悪魔”がきっと鍵を握るはずだが、今彼がどこにいるのかは自分にはわからない。
そういえば。
「英雄王」
「はい?」
「君のマスターは、悪魔祓いも兼業していたな」
「わあ、すごいですねアーチャーさん! そんな情報まで知って――――」
「無駄な愛想はいらない、答えてくれ!」
「あ、ええっと、はい。ボクたちの知らないところでみたいですけど」
ボク、一度も見たことありませんから。
そう言う少年は、きっと本当に知らないのだろう。赤い瞳をぱちくりとまばたかせている。
だとすると。
「英雄王。君のマスターが特定の悪魔と接触を持っていた、という可能性はないか?」
「接触、ですか……? いえ、マスターは特殊体質で悪魔が傍に近寄ると……」
違うのか。衛宮士郎の殻を被った“悪魔”と少年のマスターである彼女が接触を持っていたという可能性はないのか。
「英雄王」
「は、はい」
自身は少し挙動不審な様に見られているのか。少年は引っかかりつつ、問いに答えてくる。
「先程、君は何故マスターの姿が見えないことで、終わりが来ることを悟った?」
「あ……」
まずい、といった風に少年の顔が歪む。そこを見逃さずに、追及した。
「答えてくれ! 大事な、ことなんだ」
自らの声が哀れさを帯びるのを感じながら、みっともないとも思えない。いかないで。いかないで。あのとき言えなかった言葉が今なら言えそうな気がする。


ただ、もうそれを言う相手はいないのだが。


少年は唇を尖らせて目線を下に一瞬だけ向けると、
「……特別ですよ?」
そう言って、事の真相を、自分でさえ知らなかったからくりを話してくれた。


透けた、天上まで続く階段が見える。遥か彼方を悪魔とシスターが手と手を取りあって歩いていくのが地上からも見えた。なんて、不似合いなカップル。けれどこれは現実なのだ。
そして夢は終わる。
箱庭は、たったひとりの女のための箱庭は、今日、今晩終わりを迎えるのだ。
「あの馬鹿者め!」
顔も見せないとは何事だ、と笑いながら剣を振るう。これでは言えないではないか、あの言葉が。
いかないで。
隣ではマスターの少女が宝石魔術を派手に炸裂させている。長い黒髪が爆風に煽られ舞い上がる様は、それはそれは美しかった。
いかないで。
「何よアーチャー、あんた今日はやけにテンション高いじゃない!」
「こんなときに張り切らないで、いつ張り切れというのだね!」
化け物の首がまたひとつ飛ぶ。ギイイ、と甲高い声で仲間たちが鳴いた。
――――サナイ サナイ ユルサナイ――――
「……私とて、許せないともさ、」
わたしをおいて いかないで!
「最後の最後に、言いたいことも言えない自分がな!」
階段を、悪魔とシスターは登っていく。化け物たちは一匹、また一匹と滅されていき、そして、やがて朝が来る。
「……はあ。これで終わり? もう、くったくた」
「お疲れ様、だな。マスター」
「そうね。お疲れ様、アーチャー」
それと、さよなら。
何でもないように少女は言い、自分もそれを何でもないように受け入れた。
けれど、きっと、何でもないことは、なかった。
足元から消えていく。すぐに全身朝焼けに溶けるだろう。
「凛」
「なに?」
「ありがとう」
少女が驚いた顔をする。何か言いたそうな顔をするが、全身が溶け去るのには間に合わない。
今ごろ悔しがっているだろうなと思いながら、力に引かれてまた“どこか”へと連れ去られていった。




―――――Four days, end.



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