商店街で、彼とすれ違った。思わずその腕を掴んでしまう。
「なんだいきなり――――って、アーチャーじゃねえか」
「いかないでくれ!」
「はあ!?」
「私の傍から、いなくならないでくれ、」
自分ほどではないが、広く逞しい胸元に顔を埋める。周りの視線が気になったのか慌てる彼の、その反応すら愛しかった。
あのとき、“どこか”へ連れていかれて。
ああ、また“使われる”のだと。座に連れ戻されて、喚ばれるまで独りでいるのだと。そう、覚悟を決めていた。だから見慣れた場所に降り立ったときは夢でも見ているのかと思った。
学園裏の雑木林。するとかつて助けた子猫が歩み寄ってきて、足元でなぁんと一声鳴いた。けれど連れて行くことは出来ないと、歩けば後を着いてくる。駄目だと言っても、いけないと言っても。仕方なく子猫を抱き上げて、胸元に入れた。
そうして、どこを目指すでもなく歩きだしたのだった。
似た世界なのかもしれない。あの箱庭ととてもよく似た、新しい箱庭。また誰かがそんなものを作って、自分はここに喚ばれた――――?
だが、歩いてみるたびそうではないとわかる。感覚が、訴えるのだ。
ここは作られた世界ではない。生きている、世界だと。
確かめながら歩くうちに、彼の姿を探していた。繰り返す三日目に自分のところに来た男。小さな姉と口論して、大人気なくぶすくれていたっけ。彼の姿を探して知らず早足になる、小走りになる、走りだす。
すると、商店街で見慣れた彼の姿を見つけて。


――――その腕を、掴んでしまっていた。


「おい、アーチャー……どうしたってんだ、まったく……」
「言えばよかったんだ、あのときに」
「あのときぃ?」
……ああ、と思い当たったように彼は言うと。
「それでも、オレは行ってたよ。あいつはオレの手で殺してやらなきゃならなかった」
あまりにもあっけらかんと彼が言うので。
ぽかん、と目と口を丸くしてしまって、それから。
「君は、馬鹿か……!」
笑い泣きをしたような顔で、そう、吐きだしてしまっていた。
「馬鹿ったって……そうしてやらなきゃなんなかったんだから仕方なかっただろ。男にゃな、やらなきゃならねえときがあんだよ」
「だからって、私を置いていくことはないだろう……!」
「それだ。アーチャー、おまえ、なんで今日はそんなに素直なんだ?」
「魔女に、言われたから」
「は?」
「……そんなことは、どうでもいい!」
「いやよくねえだろ、って胸に顔押し付けんな、くすぐってえよ」
そう言って彼が笑う。
その顔を見ているともうどうでもよくなってしまって、顔をぐりぐりと彼の胸元に擦り付けた。そこに「あー!」と甲高い声が飛ぶ。
「アーチャー、そんな駄犬の傍で何してるの! ……わかった、お姉ちゃん全部わかっちゃったんだから!」
「ってうわ、また鬱陶しいのが来たな……おいアーチャー、どうにかしてくれ……って、無理だな、こりゃ」
「アーチャー、その駄犬から離れなさい! お姉ちゃんが駆除してあげるから……きゃっ!」
“きゃっ”?
ふたりして不思議そうに小さな姉の視線の先を見てみれば、胸元からぴょこんと顔を出した子猫の姿があって。
「やだやだやだ、わたし猫嫌い、嫌い嫌い嫌いなの……っ! どっかやって、どっかやってアーチャー!」
「どっかやって……って言われても、なあ」
「……ああ……これほど懐かれてしまっていては……」
無下には出来ん、と頭を撫でる。それがまた小さな姉の気に入らなかったらしく、爆弾がどかんと爆発する。
「わかった、全部そいつのせいね! わたしの猫嫌い知ってて仕込んだんでしょう……っ! なんて卑怯なの、許さないんだからっ!」
「――――おい、アーチャー。おまえの姉ちゃん、あんなこと言ってるが、どうする」
「――――どうする、と言われても、だな」
「なに騒いでるんだイリヤ、遠くまで丸聞こえだぞ……って、」
あんたたちか。
やってきたのは衛宮邸の主人である少年。小さな姉は彼の元まで走り寄っていくと学生服の裾を掴んでぴょんぴょんと跳ねながら、
「シロウシロウ、あの駄犬ったらわたしのアーチャーを盗ろうとしてるのよ! そんなの絶対許せることじゃないんだから、取り戻すの手伝って!」
「……って、ええ……!?」
「なに!? シロウはアーチャーがあの駄犬に盗られてもいいっていうの!?」
「え、いや、それはよくない、けども、……って、あれ?」
なんで俺そんなこと言ってるんだ?
などと言いつつぺたぺたと自分のあちこちを触る少年の顔は赤い。……シロウ?小さな姉の声、それはじっとりと空気を湿らせる。
「いや、違うぞイリヤ! 俺はだな、そんな気持ち全然なくて……っ」
「わたし、そんなこと、言ってない」
ふくれた小さな姉の背後から現れる鋼色の巨体、後ずさる男三人衆。
「やっちゃえ――――」
「うわ、ちょっと待て、タンマタンマイリヤ!」


「バーサーカー!!」


どたばたと毎日は続いていく。もう自分を包むのは偽りの箱庭ではなくて、正真正銘の本物の“せかい”だった。


.....restart?


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