「リア充爆発しろ――――!」
突然そんなことを言い放ち台所に駆け込んできたアンリに、クリスマスの準備中だったふたりのエミヤはそろってびくりと肩を震わせた。何だ何だと振り返れば物騒なことを言っているのにまったくもって楽しそうなお顔のアンリさん。
「……おまえそれ、ハロウィンの文句と勘違いしてないか? 今日はクリスマスだぞ?」
「やだなー、知ってますヨそんなこと。オレだって頭悪くないんですから!」
「うん……まあ……それは同意する」
何というか、その、それはあまりよくない方面に回転する頭脳という感じのニュアンスだが。
見れば頭にはサンタ帽、手には何故だかタンバリン。それをシャンシャンと慣らしながらアンリは叫ぶ。リア充爆発しろ!
「意味わかって言ってんのか……?」
あと、なんでそれを連発しつつそんなに嬉しそうなのかわからない。
かき混ぜていたボウルを胸に抱えため息をつき、アーチャーは訝しげな士郎の後ろから顔を出す。
「騒がしいぞアンリマユ。それでは本番のパーティーのときに疲れ果て、眠ってしまうかもしれないが、いいのか?」
「まさかの子供扱い! マジ勘弁です! ていうかそれは大晦日!」
律儀にひとつひとつツッコミながら。
アンリはタンバリンを景気よく放り投げて、ふたりに向かって手を差しだした。
「?」
クエスチョンマークのユニゾン。怪訝そうな顔にも負けず、アンリはにっこりと笑って。
「イタズラが嫌ならプレゼントちょーだい」
「やっぱりハロウィンと間違えてるんじゃないか!?」
「だって楽しい方がいいじゃん!」
あと一筋縄では行かない感じもオレ好み!
――――だなんてわけのわからないことを言って、アンリは手を差しだす。イタズラかプレゼントか。歪みながらも愛らしく笑い。
「それとも時間切れってことでイタズラしちゃうけどそれでもイイ? オレとしてはどっちも楽し……」
不意に。
アンリの言葉が途切れて、ふたりの視線がその背後に向く。アンリはきょとんと目を丸くして、「なぁに?」という顔をして――――、
「あ、いたっ、痛てぇっ、ていうか痛いですマスター! やめてオレ死んじゃう! 最弱なのよー!?」
「おふたりを困らせるからです。……まったく、たったふたりでパーティーの用意をしてくださってるというのに」
「痛い痛い痛いー! あーん! やめてー! マスターごめんなさいー!」
アイアンクロー。
乙女らしくないそんな技を己のサーヴァントにかましながらもバゼット・フラガ・マクレミッツ嬢は冷静だった。キリッ、といった感じ。
「せっかくのクリスマス……そんなことでは聖夜に好々爺が来てはくれませんよアンリ!」
「え……バゼット、サンタクロース信じて」
むぐっ!
言いかけた士郎の口をアーチャーが塞ぐ。その耳元で彼は、
「余計なことを言うな! ……挽き肉になりたいのか」
「…………!」
青ざめてぶんぶんと首を横に振る士郎、心底疲れたといった様子でため息をつくアーチャー。よし、とうなずいてバゼットの攻撃範囲内から士郎を引きずり立ち去る。
そしてバゼットに、
「……済まないなバゼット嬢、助かった。そのついでと言っては何だが、居間の飾りつけを手伝ってきてくれるとさらに助かるのだがね」
「はい、心得ました。アンリにも手伝わせることにしましょう。大丈夫ですよ、余計なことをしないよう、私が目を光らせますから」
やはりキリッ、といった風なバゼットは無駄に男前だった。まさに男装の麗人。
それでは、言ってバゼットはアンリを引きずって居間へと足を向ける。あーん痛い!痛いってマスターはーなーしーてー!アンリの叫び声が聞こえるがふたりはあえてそれを無視した。進んで面倒に関わるなかれ。ついでに酔った虎にも関わるなかれ、だ。
ずりずりずり、引きずられていくアンリと入れ替わるかのようにランサーとイリヤが台所に入ってきた。ふたりとも興味深そうに讐主従ふたりを見やっている。
「何だ何だありゃ、今流行りのDVってやつか?」
「バゼットったら気品がない。いたぶるならもっとやり方があるでしょうに」
……あんまりな言い様である。特にイリヤ。
それはそうと珍しい取り合わせに、ふたりはそろって目をぱちくりとさせる。
「どうした? ランサーとイリヤが一緒なんて珍しいな」
「ああ……小僧と同意見になるのは口惜しいが、一体どうしたというのだ?」
「オレはひとりで来る予定だったんだよ。目的はわかるだろ?」
ウインクひとつ、げんなりとするアーチャー。それになんだよー、愛想ねえなとあんまり堪えた様子もなくランサーが言って。
「わたしはそれを阻止しに来たの。まったく、この狗ったらちょっと目を離すとわたしの大事な弟に手を出そうとするんだもの。油断がならないわ」
「おいおいお義姉さま、聖なる夜に恋人同士を引き裂くってのは野暮なもんだぜ? そこはちょっと大目に見てくれよ」
「あんたみたいな! 狗に! 誰が!」
許すもんですか!イリヤは簡単に激昂して魔術回路を起動しかけ――――ふたりのエミヤに止められた。お兄ちゃんと慕う士郎、弟と愛でるアーチャー、このふたりに止められてはいかにイリヤとて。
「……ふん。でも、いーい? わたしは、絶対に、アーチャーとこの狗のお付き合いなんて許可しないんだからね」
「だけどなあ。オレとアーチャーが付き合ってるのは周知の事実だし?」
「そんな羞恥にまみれるような妄言がよく吐けたものだな!」
「お、ツンデレツンデレ」
笑うランサーに今度はアーチャーが激昂しかけて、士郎に止められていた。イリヤはけしかけようとしていた。
「アーチャー! 早く準備しないとセイバーや藤ねえ、桜が怖いぞ……!」
「――――むっ」
衛宮邸三大胃袋キャラの三人の名を上げられてはアーチャーも止まらざるを得ない。それに居間にはバゼットもいる。歩く挽き肉製造機バゼット・フラガ・マクレミッツが。
血のクリスマスなんてまっぴらごめんだ。
「ねえシロウ、アーチャー。わたしにも何か手伝えること、ないかしら」
「あ、オレもよかったら手伝うぜ。力仕事なら任せとけよ」
台所仕事は無理そうだけど……と言いたげな顔のふたり。それに士郎とアーチャーは似たような笑みを浮かべた。
苦笑、のようなもの。
「そうだな……本当は居間でおとなしく飾りつけとかしててくれるのが一番なんだけど」
「小僧と一緒とはぞっとしないが、私も同意見だ」
「でも、わたし、したいわ。……ケーキに苺を乗せたり、それくらいなら出来ると思うの」
「オレも洗い物くらいなら出来るぜ。職場ではよくやるからな。慣れてんだ」
手際もいいんだぜ?
ランサーが言って、なに、得点取り?とイリヤが小悪魔の微笑でささやく。それにさてねえ、とランサーは返すのだった。
「――――それでは」
アーチャーが言い冷蔵庫を開ける。ひんやりと冷気、だがすぐにそれは扉が閉められたことによって遮断される。振り返った彼の手には、パックに詰められた苺たち。
「宣言通り、イリヤには苺をケーキに乗せる役目を。ランサーには……そうだな、洗い物を任せよう」
お手並み拝見だ。
そう言いたげに微笑むアーチャーを、目を丸くしてランサーとイリヤは見て。
「ええ、」
「おう、」
まかせとけ!といった風な宣言を、その口に登らせたのだった。


「……なあイリヤ?」
「なあに、シロウ?」
「イリヤは、サンタクロースっていると」
「なあにそれ。シロウはいると思ってるの? かわいいのね」
「だよな……」


back.