笹に飾りを。短冊を。


女性陣がわいわいと微笑ましく庭先で騒いでいる。
それぞれ紺の浴衣と臙脂の浴衣を着こなしたランサーとアーチャーは彼女たちの姿を見て、目を細めた。
「いいねえ、華やかで」
「ああ。風情がある」
そこに水羊羹と冷やした緑茶を運んできた士郎――――これも浴衣姿である――――は、彼らと同じく目を細める。ああ、とまるでアーチャーに倣うかのように微笑んで。
「こういうときは日本に生まれてよかったって思うよな」
「おお! ニホン最高だな!」
「……君、妙な外人みたいになっているぞ……?」
外人だもんよ、とランサー。続けて神様だしなはんぶん、と士郎も。半神半人のアイルランドの英雄は今やすっかりJAPAN・ニホンフリークとなっていたのだった。
「シローウ! 折紙が足らないんだけどー!」
「ええ? せっかくだからって使いすぎだろ……」
そう言いながらも楽しそうに彼は縁側に茶盆を置き、居間へと戻っていく。前日までに用意しておいた折紙を出してくるのだろう。彼の足取りは軽かった。
しばし庭先の喧騒は遠く――――ランサーとアーチャーの間に安らかで温い沈黙が落ちる。彼らが見守る先で、セイバーや凛、桜とライダーにイリヤスフィール、そして藤村大河たちは華のように浴衣を纏い、せっせと笹に輪飾りや短冊を吊るしていた。
ねえ、セイバーはなんて願い事書いたの。
そう簡単には教えられませんよ? イリヤスフィール。
む、けちー。
けちではありません、守秘しているのです。
……大方、“今晩のご飯とおかずを全て大盛りで”とでも書いたのではないですか?
なっ、なんてことを言うのですかライダー!
「平和だねえ」
火を点けられていない煙草の先端。
ぴこ、とそれを噛むことで揺らしてランサーが言う。つくづく平和だ。噛みしめるようにそう言って。
それからアーチャーを見た。なんでもないような視線だったが、その口から出たのは割ととんでもないのろけだった。
「オレは幸せだ。平和で、飯が美味くて、煙草も美味くて、愛してる奴が隣にいる」
あーあ、幸せだ幸せだ。
「…………」
いちいち噛みしめるように、けれどなんでもないように言われた言葉に、アーチャーは返す言葉もなく鼻白む。
なんの装飾もなく吐きだされたあいのことばに、彼はあんまり困った顔でないようでいて、実はかなり困った顔でようやっと言葉を思いついたように、
「随分とロマンチストなのだな、君は」
「あん? 普通だろ、こんなん」
お望みならもっと浪漫っぽく言ってやろうか。
まるで戦いに望むようにきりっとした顔で言ってのけたランサーに渋面になったアーチャーは「いやいい」と四文字で短く答える。
「結構だ、心から辞退申し上げる、浪漫主義者のクランの猛犬殿」
「だから普通だって言ってんだろ」
わっかんねえ奴だなあ。
ランサーは今度は不思議そうな顔になってそう言うと、あぐらをかいて乗りだしていた身を引いて、再び庭先に視線を投げた。
沈黙。
「なあ」
「……うん?」
「もしもおまえが織姫、とかだとしてだ」
「…………?」
「オレは別にこの一日じゃなくても、いついつだっておまえを川の向こうまで迎えに行ってやるからよ、安心しな」
「…………私が姫だとかなんだとか、そういった寒い浪漫主義者の言葉は置いておいてだな、君、…………ああ、いかん呆気に取られてしまって何を言いたいのかいまいち上手くまとまらないじゃないか……」
「“素敵だな”とか言えよ」
「だが断る」
「断んな」
素敵だって言えよ、ランサーはあくまでそうせがんできたがアーチャーは、うなじと耳朶を赤く染めて言おうとしない。当然だ、そんな ことを彼が言えるわけがない。
そこに、
「……何話してるのかと思えば」
いつのまにか、手に色とりどりの折紙を持つ士郎が立っていた。じとりと半眼で彼は、憧れの英雄であるところのクー・フーリンを見つめている。
「おう坊主。聞いてたのか」
「聞いてたっていうか、聞こえたっていうか」
「悪くねえ台詞だろう?」
「…………」
「いやさ。あんたの自由だし好きにするといいよ。だけどアーチャーが姫っていうのは俺はどうかと思うけど」
「……ほらランサー、小僧もこう言っている」
味方を得たとばかりにアーチャーが口にした、そのときだ。
「だってそれじゃ、未来の俺が姫ってことになるだろ」
「…………」
アーチャー、幾たびの沈黙であろう。
過去の自分自分勝手すぎるむかつく、だとかまた詮無いことを考えているのだろうか、いやいるのだろう。何度目かむっつりと黙り込み彼は、眉間に深い皺を刻んでいた。
「……あのな小僧。未来のおまえが姫だなんだというのは私もぞっとしないから一応おまえ側につくということになるが、決して味方になったわけではないからな、勘違いするなよ」
「なんだまたツンデレか」
「ツンデレと言うな!」
「ツンデレだろ」
ツンデレである。
今度はふたりぶんツンデレ認定を頂いて、織姫ことアーチャーは眉間の皺をさらに深くした。大層ご立腹である。
「まったく、私の周りは敵だらけか。四面楚歌ということか」
「そんなことねえよ。オレはおまえの味方……いや、恋人だぜアーチャー」
「だから!」
「ねえアーチャー! なに大きな声出してるのー?」
それから折紙が足りないって言ってるのよシロウー!
イリヤスフィールの叫び声。次いでとたとたと走り寄ってくる気配がして、彼女はわずかばかり時間をかけて縁側に辿りついた。
可愛らしい面持ちをどこかむっとした色に染めて、まずは士郎に手を突きだす。
「もう、早く持ってきてってば。待ちくたびれちゃった」
「悪い悪い。ほら」
「うん!」
わさ、と音がするほど大量の折紙を小さくて白い手いっぱいに受け取った。それから、その折紙を少し持て余しつつも今度はアーチャーへと問いを向ける。
「シメンソカ、だとか騒いでたけど。一体なんのこと?」
「今まさに、私の周りには敵しかいないのかと思っていたところでね」
「なに言ってるのアーチャー! わたしもちろんあなたの味方よ?」
知らなかった?と目を丸くする姉に、思わず苦笑をこぼすアーチャー。ああ、知っていたけれどもな、と先程までの不機嫌を減じられたようにうなずいて。
「わかった、ランサーがあなたをいじめるんでしょう! ほんとにろくでもない駄犬なんだから!」
「狗呼ばわりはやめてもらえませんかねアインツベルンのお嬢様。オレはアーチャーを愛してんだからいじめたりなんかしねえよ」
「それじゃシロウ?」
またアーチャーと喧嘩したの?
問いは今度は士郎へと向けて。有無を言わさぬランサーへの糾弾に対して、こちらは随分と柔らかくもあった。ランサーと士郎。彼女の認識は一周まわって360度ほど異なるのだから、仕方ないか。
「喧嘩なんてしてない。俺は喧嘩は好きじゃないし」
「それじゃどうしてアーチャーは怒鳴ってたの? 誰のせいなの?」
「ああ、もう、いいんだイリヤ」
君が来たことで救われた。
うっすらと微笑みを浮かべてそう言って、アーチャーは縁側から立ち上がった。顔を覗き込んでいたイリヤスフィールが目をぱちくりとさせて立ち上がった自分を見上げているのを見下ろすと、アーチャーはにこりと笑顔の出力を上げた。
「君は私の織姫だよ」
言ってアーチャーが手を差しだすと、まだ目をぱちくりとさせていたイリヤスフィールはやがて自分もにっこりと笑うと、無数の折紙を小さな胸に抱きしめて左手でその手を取る。
「ふふ、ロマンチストなのねアーチャーは!」
そういうところ可愛いわ、小首を傾げてイリヤは言うと握った手に力を込めてアーチャーを庭先に連れだしていく。初夏の日差しに一瞬だけ眩しそうな顔をしたアーチャーは、下駄の音を青い空に響かせると。


「おーおー、あいつめ幸せそうな顔しやがって」
「仕方ないだろ、アーチャーはイリヤが大好きだからな」
「オレの恋人はシスコンか」
ついでにファザコンだろ?ライバルも多いしな、とランサーはあぐらをかいたまま伸びをし、一転にやりと笑ってみせて。
「坊主、おまえもな。知ってんだぜ? おまえさんがオレのライバルだってな」
「何のことさ。知らないぞ、俺」
「もうちっと積極的にならないといけねーぞー」
あいつにはガンガン攻めていかねえとな、ランサーは口から煙草を外し。
自らも地面に足を下ろし、庭先へと向かっていった、のだった。


笹に飾りを。短冊を。願いを。
みんなが幸せでありますように。


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