「ったく、雑魚ばっかりがわらわらとっ!」
鬱陶しいったらありゃしないっ!
隣で彼女が、遠坂凛が叫んで宝石魔術を炸裂させる。今日でこの世界は終わる。だから浪費家である彼女も惜しげもなく溜め込んだ宝石を使って敵を倒していく。
それは見ていて爽快だった。見惚れるほど、そんな形容詞がたった今の彼女にはよく似合った。
あかいあくま。そのあくまが悪魔の残骸を退治している。――――ちょっとした言葉遊び、冗談じゃないか。
おかしくなって一匹の頭を刈り飛ばせば、ちゃんと赤い色をした血液が飛び散る。相手を体ごと凛のように吹っ飛ばしたりはしないから、ちゃんとアーチャーの殺戮には赤い血が伴って、「相手を殺した」という事実が成立するのだ。
アーチャーは、命を、殺した。
それが仮初めの、箱庭の中でしか生きられない命だったのだとしても。
アーチャーは、命を、殺した。
そんな自分に罪悪感がないことを不思議にも思わずにアーチャーはどんどん干将莫耶で敵を倒していく。と、すれすれに凛の放った宝石での爆発。
「危ないっ! 注意しなさいよアーチャー、わたしの魔術はとにかく派手で範囲が広いんだからっ! 下手すればあんたまで巻き込まれるわよっ!」
「ああ、たった今、身をもって知った――――さっ!」
言ってまた、一匹の首を跳ね飛ばした。
それは煙になることもなく靄になることもなく、ただ死骸となって残る。それでもアーチャーに罪悪感はない。なんてことだろう。
命を、奪ったのに。
それだというのに、アーチャーは、その命たちに詫びる気も持たないのだ。
――――それが、残骸たちを殺すのがアーチャーたちの役目だったとしても、である。
頭を、腕を、足を刈りながらも上を見上げれば透き通った階段。そこを歩いていくのはひとりの少年と少女。ほら、道を踏み外さないように。そうすれば待っているのは奈落の底に落ちての死、なのだから。
天上のふたりを応援しつつ、アーチャーは命を狩る。ギイイイイ、耳に痛い叫びも聞き流し、ただただ剣を振るった。
街中では英雄王ギルガメッシュが本来の姿に戻り破壊の限りを尽くしていて、柳桐寺ではキャスター、葛木宗一郎、アサシンが戦っている。主不在のいない衛宮邸では桜とライダーが奮闘しつつもイリヤとバーサーカーの乱入に安堵を感じているはずだ。
そして、要を守るはセイバー。
……足りない面子がいるようだが、彼は既に「死」した身。ドロップアウトしたとしてこの戦いをどこかのビルの上からでも眺めていて不思議ではないだろう。 きっと、また会える。
“昨日”の逢瀬を思い出して胸に秘め、アーチャーはまた一匹の残骸を狩った。悲鳴が耳に障った。
「せえのっ、とんでけー!」
きらきらと赤い残像。
次いで爆発が巻き起こり、凛の宝石魔術が炸裂する。それはさながら広範囲爆弾。
聖骸布を纏って護りを増したアーチャーでも巻き込まれれば無事では済まないのが丸わかりだから、裾を翻してその場を離脱する。もちろん一匹でも狩っていくのは忘れない。
橋を守る。それが今回のアーチャーたちのミッション。
さっきまで危うく攻め落とされそうだった戦況は、街のそこここで戦っているであろうサーヴァントとそのマスターによって変化してきていた。
姿は見えない。けれど感じる。彼ら、彼女らの助力を。一夜限りの連携を。
全く、それを考えるとそこに“彼”がいないのは惜しい。一度くらい共に戦ってみたかったというものだ。顔を突き合わせれば喧嘩ばかりして、連携などたった一度もしたことがなかった。
令呪を使って命じてくれたってよかったのに。“彼”のマスターと凛についてそんなことを戦いの最中、思う。そうすれば大義名分として彼と共に戦うことが、――――。
いや、やめよう。
実現するはずもないことは。それを想像するのは。
それは無意味でしかない、ただの自慰行為。
「次は冷たいの行くわよーっ!」
きらきらと飛んでいくのは、青い宝石。
彼女の、凛の言葉通りきいんと澄んだ音が鳴って、氷柱がうず高くそびえ立っていた。それに貫かれた敵はその後に起こった爆発で派手に吹っ飛ぶ。血も飛んでこない。
全く綺麗な殺し方だ。
かつて“エミヤシロウ”だった頃、様々な死を見比べてきたが凛が使いこなすような綺麗な死というのはなかなかなくて、再度“アーチャー”として彼女に召喚されてその戦いを傍で見守った末にやはり、と思った。やはり彼女の殺し方は綺麗だ。
もちろん“エミヤシロウ”だった頃にアーチャーが見たように、遠坂凛が“人”を殺すところなど見たことはなかったが。
遠坂凛が殺すのは魔物だけ。それと死者。すなわち、人ではないもの。
エミヤシロウは、たくさん見てきた。
人が人を殺す瞬間を。そんな瞬間ばかりをたくさん目に焼き付けてきた。
だから、凛の戦いを見てまず最初に抱いた感想は、「綺麗だ」だった。
綺麗に華麗に、彼女は敵を殲滅する。そしてその後には道が出来る。遠坂凛の作った道が。
「今度は風っ!」
緑色はエメラルド。巻き起こるは旋風、敵は吸い込まれていって天まで巻き上げられていく。
生々しくない、殺し方。
一方で生々しくしか有り得ない方法で敵を殺しながらアーチャーはそれを見る。ルビー、サファイア、エメラルド。まさに総力決戦だ。
やらなければやられる。凛も必死なのだろう、戦いの前に整えられた髪はもうぐちゃぐちゃで、梳かしてやらなければいけないな、と無意識にそう思った。
残骸たちにやられるのならばおそらくは生きたまま食われるだとかそんな死に様で、それは凛とて避けたいはずだ。
だから――――というわけではないのだろうけれど、奥の手である宝石を惜しげもなく使って残骸たちを殺していく。苦しむ暇も与えない。それは、そんな死。
アーチャーの与える死とは裏腹で、彼女に殺される残骸は幸運であろうとさえ思えた。自分に殺される者たちはさぞ苦しいだろうなと。無念だろうなと。
イキタイ、イキタイ、イキタイ――――!
敵たちが例えそう叫んでも、当然だと。
けれど、おまえたちに私が、オレが与えられるのは安らかでも何でもない“死”しかないよと。

綺麗に、安らかに死にたいなら、凛の方へ並べばいい。彼女なら安らかに、痛いと感じる暇もなく殺してくれるから。
なんて思っていたアーチャーの目に届く夜明けの光。気付けば辺りに残骸の姿は既になく、死骸さえなく。
アーチャーは凛の前に立って、彼女の強い目線を受けていた。
「帰るのね」
「ああ」
「……また、」
会えるかな。そう彼女が言ったから、アーチャーはただ微笑んだ。何も言わず微笑んだ。再会はもうないと、心の中で確信しながら。




―――――Four days, end.



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