「あの、あなた……」
「ん?」
縁側に座ったアーチャーは、背後からかけられた声に振り向いた。するとそこにはパンツスーツ姿の女性。泣き黒子とショートカットが印象的な、男装の麗人といったところだろうか。
彼女の名前は。
「わたし、バゼット・フラガ・マクレミッツと申しますが。失礼ですがあなた……わたしとお会いしたことはありませんか?」
「――――」
「あ、あっ、いいんですっ! なければないで全然構いません! ええ、構わないんですっ!」
一気に真っ赤になって手をぶんぶんと振るバゼットに、アーチャーは少し驚いたような顔で彼女を見た。あまりのオーバーリアクション、あまりの慌てぶり。
そんな彼女に居間の方から甲高く甘い、けれどぼそぼそとしたクールな声が。
「そうよ、バゼット。男性を口説くにはあなたまだまだね。そんな“どこかでお会いしませんでしたか?”だなんて……有り触れているわ。世の中に腐るほどに溢れ返っていてよバゼット。そんなんじゃお相手の方も困ってしまうわ」
ねぇ、だなんて言われても。
アーチャーはその言葉にこそ困ってしまって沈黙する。少女じみた甘い声でぼそぼそと喋った彼女、カレン・オルテンシアは息をするように誰かを困らせる。
もしくは、怒らせる。
「……カレン」
ほら。
た易く引っかかったバゼットは、カレンの無表情に向けて怒りの言葉を吐き散らす。さすが精神年齢13歳。実年齢およそ14歳のカレンより……いや、これ以上はアウアウである。
「あなた、わたしに喧嘩を売っているのですか!? いいですよ、相手になりましょう! さあ、今すぐそこから降りていらっしゃい!」
「嫌です。あなたなんかに殴られたらわたし死んでしまうじゃありませんか。ねぇバゼット。あなたが誇れるものなんて、その腕力くらいしかないでしょう?」
「な……あります! 他にもあります!」
「例えば?」
「例えばその……脚力とか!」
「同じことです」
同じだな、と、アーチャーも思った。
口にはしなかったが。
「ふんっ!」
庭に降りたバゼットの蹴りがそこら辺のコンクリートのブロックを蹴り砕いて粉塵が舞い、どうですと何故だか誇らしげに胸を張ってみせる。
「ほら! 腕力だけではないでしょう!? 脚力さえもわたしは鍛え抜いているのです! カレン、ひ弱なあなたとは違うのですよ!」
「まあひどい。あなた、体だけでなく口でさえも暴力的なのね」
眩暈がしそう、とくらくらよろめいてカレンは半身を床に伏す。どうしたと飛んでくるのは士郎、そんな彼が見たのは縁側のアーチャー、庭をもうもうと覆って隠し尽くす粉塵の傍のバゼットに倒れ伏すカレン。
何だこのカオスは!?といった顔で士郎はまずひとこと言った。
「……なんでさ」
口癖だった。
「うるさいわねー、ねえランサー! あんたカレンの身内でしょ、迷惑だから持って帰ってよ」
「って嬢ちゃん、ひっでえなあ! 確かにオレは嫌々ながらもそこのサドマゾシスターの関係者だが、」
だがな、とランサーは二度置きして。
「決して身内なんて甘いもんじゃねえ! ああ、絶対にな!」
「……ランサー、あなた躾が足りなかったようね」
顔だけをむくりと起こして言うカレン。その声には思い切りドスが効いていた。哀れランサー、今日は帰ったら地獄だ。
「――――逃げようぜアーチャー。どこか遠くへ……そう、仕置きも何も届かねえくらい遠くへ……」
「仕置きをされているのかね、君は。それはともかく謝りたまえ、今からでも遅くないはずだ。少しは罰を軽減することが出来るだろう」
「謝るだ!? そんなことしたらもっと酷い目に遭うだろうが!」
「あら」
ゴゴゴゴゴゴゴ。
何だか、少女が発するにはあまりにも似合わない効果音がアーチャーの耳に届いて。
床に伏していたはずのカレンが起き上がり、目を光らせてランサーの方をじっと見ていた。じっと。ただただじっと。
「ランサー、わたしの知らない場所でわたしの知らぬ悪評を立てるのは止めてもらえるかしら? わたし、傷ついてしまう。わたし、悲しくて悲しくて……」
涙が出てしまうわ、とでも彼女が言うかとでも思えば。
「悲しくて悲しくて、もっと酷くあなたを甚振りたくなってしまうじゃない」
「ほら言っただろ!」
「…………頑張れ」
「いや頑張れってレベルじゃねえから!」
おまえはオレのこと好きじゃねえの!?助けたくねえの!?
ランサーが肩を掴んでがくんがくん振り回してきながらそんなことを言うから、アーチャーは秘かに立ち上がっていた体勢のまま膝を、えい、と。
腹に膝蹴りを食らわせて、アーチャーはランサーを沈黙させた。
そしてカレンに向けて、
「おとなしくなったよ、シスター・カレン。これを君に献上するからバゼット嬢は解放してあげてくれ」
「あら」
「アー、チャー……!」
いえそれよりもランサーです!
慌てたように駆け寄ろうとしたバゼットの動きが何故だか止まる、アーチャーが見てみれば居間から出てきたカレンが聖骸布で彼女の足首を捉えていて。
「ひ、きょうです、よ、カレン……!」
「あら、だってそれはわたしの犬。あなたのものではないわ、バゼット?」
そこで凝り固まった表情筋を動かしカレンがにっこりと大輪の華のように笑い、その場の全員を戦慄させた。
空は青い。ランサーの顔色も青い。
今日も、世界は平和だ。


.....restart?


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