「やったやったやったーっ! 魔女! わたし魔女よ、ねえシロウ、アーチャー、可愛いでしょう?」
「うんうん、可愛い可愛い」
「…………」
「もう、アーチャーも可愛いって言って!」
「ダメよイリヤ、そいつは根っからの照れ屋でムッツリなんだから」
素直に言うわけないでしょう?とつぶやく凛の口元には牙。
どうやら彼女はヴァンパイアらしい。
「それにしても似合わないわね、リンにヴァンパイアだなんて。合ってるところなんて低血圧で朝が苦手だってところしかないじゃない」
「クジで決めたことよ、決定済みなの。そんなこと言ったら士郎なんてね……」
「……言うな遠坂」
彼はずるずるとした僧衣を引きずりながら頭を抑えた。頭痛がする、というかのように。
彼の役割は神父。これじゃあの言峰と一緒じゃないか、と決まった時に叫んで「だったら私と交換するか、小僧」と言って、ぶんぶんと首を左右へと振られたアーチャーの頭には。
「うお、動いた」
「本当です、動きます! シロウも触ってみてください、触感がまた生っぽく……」
「……食べ物のように言わないでくれ、セイバー。それとランサー、率先して触りに来ようとするな、あと尻尾は禁止だ」
「ほらほらお触りはいけないわよ、それ以上は代金を取るからね! 覚悟しておいてよ!」
白いネコミミが、ちょこん、と可愛らしく生えていたのであった。所謂キャットウーマンの男版、キャットマン……?である。
「猫なんて嫌いだけど、古来から猫は魔女の使い魔として数えられていたのよね? やった! アーチャー、これからあなたはわたしの使い魔よ!」
「な……ちょ、待て、イリヤ!」
「問答無用よ!」
じゃらじゃらじゃらじゃら、銀色の鎖が伸びて赤い首輪がアーチャーの首に嵌められる。それはぴったりと彼に添って、聖骸布のように褐色の肌によく映えた。
鎖の先にはイリヤの手。大きな帽子を被ったイリヤは満足げに冷たい鎖を掴むと、「捕まえたわ、わたしの可愛いアーチャー」とうっとり言ってみせる。
「アーチャーが可愛いって言ってくれないから、わたしがアーチャーにたくさん“可愛い”って言ってあげるわね。ふふ、存分にね」
「イリヤ……スフィール……っ!」
「あら、違うでしょう?」
“御主人様”よ。
イリヤは、小さくても可愛くても冷酷で残酷な彼女はそう命令して鎖をぐいと引いた。さあ、言ってわたしの可愛いアーチャー?わたしはあなたの何?
「ご……しゅじ……」
「ちょっと待った――――っ!」
「待ちなさいっ!」
そこに割り入るは、狼男の仮装をしたランサーと騎士の姿(フル甲冑で目元しか見えない)をしたセイバー。
彼ら彼女らはムッとしたイリヤに、そんなプレイは許しませんとそろって詰め寄る。
花の妖精、ピクシーの衣装を割り当てられた桜とその背には大きな鳥の羽根、ハーピーの役目を与えられたライダーはその様子を遠くからそっと見守っている。
「ねえライダー、ピクシーって何かこわーい逸話とかないの? 魔女も怯えて逃げ出しちゃうような」
「はあ……わたしは生憎と知りませんが。何故、魔女限定なのです?」
「だってアーチャーさんを助けないといけないじゃない。その場合、相手は魔女であるイリヤちゃんでしょう? そうしたら……ね?」
「…………」
イリヤスフィール、あなたは今もっとも恐ろしい相手を敵に回した。
ごくりと忠告と息を呑むライダーさんでした。
「えへへ、お兄さん。ボクも今日はあなたとおそろいです!」
鎖に繋がれて畳に伏すアーチャーの前にしゃがみ込んで言うのは、金色の頭に黒い耳を生やした小さい英雄王ギルガメッシュ。彼も頭にネコミミ、尻尾を生やしだが色は黒、というところだけがアーチャーと違う。
「何だかあなたは使い魔に似合わないし、わたしの好みじゃないからいらないわ。それにもうとっくに御主人様がいるんでしょう?」
「はい、実は。本当はイリヤさんに拾ってほしかったんですけど、その前に現在のマスターと契約してしまいまして」
「何を話しているんです、ギルガメッシュ?」
現れたのは例の“はいてない”スタイルをしたシスター・カレン。彼女は「アレで立派な仮装だから」とクジ引きを逃れて私服のままここへと来たのだ。
だん、とちゃぶ台に足を乗せ、あなたまるでロックスターのようなカレンは無表情のまま。
「あなたはわたしの使い魔なのですから、他の魔女に寄っていくなんてことあってはいけませんよ。ええ、いけませんとも。だから早くこちらへいらっしゃい? 大丈夫ですよ、悪いようにはしないから――――」
「それは嘘ですね、ボクにでもわかります」
ギルガメッシュは言って肩をそびやかせた。このひとしかたないなあ、というポーズ。
それからくるっとイリヤとアーチャーの方へ振り返り、にっこりと笑って。
「ということですから、ボクはそろそろ失礼しますね。御主人様が呼んでますので」
「早く行ってしまいなさいな。見たところ、あのマスターはかなり底意地が悪くてよ?」
「はい、知ってます。結構短くはないお付き合いですから」
「……ギルガメッシュ?」
「はいはーい」
ぱたぱたぱた、駆けていく音を聞きながらアーチャーは漏らした。
「……彼も大変だな」
「“も”? 何を言っているのアーチャー、わたしあなたを可愛がるつもりよ? だから安心して、わたしに身を委ねて」
だから早く、わたしのことを御主人様って呼んで?
にーっこり、と微笑んだイリヤに、ローブを纏った凛が。
「ちょっと待ったぁ! アーチャーは“わたしのアーチャー”よ、あんたのものじゃないわ!」
「む! リン、往生際が悪いわ。今日はわたしがアーチャーの御主人様、すなわちマスターなの!」
「わたしよ!」
「わたしだったら!」
凛とイリヤはじっと睨みあった挙げ句、アーチャーの方を振り向き。
「……どっち!?」
「……好きにしてくれ……」
「あっあっ、だったらオレも!」
「わたしもその、アーチャー……シロウを元鞘とする者ですし!」
大混乱を極める、そんなハロウィンなのだった。


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