「ねえ」
どこか妖しい目つきで口にしたのは、遠坂凛だった。
呼ばわれた彼女のサーヴァント、アーチャーは積み重なっていく食器を手に顔へとクエスチョンマークを浮かべて「何かな、」と返し、かけて、
「――――あんた、なんで正月だってのにその格好なの」
ぎしり、と。明らかに不審で不憫な様子で固まった。
「……その格好、というのは」
「その格好はその格好よ。相変わらず色気のない黒の上下。着たきりすずめなんてやめて頂戴ね、この縁起のいいお正月に」
「いや、凛、その、だな」
「これ着なさい」
今や宴会の場、そこにいる全ての輩が彼女たちに注目していた。宴会なんて盛り上がったもの勝ちである。楽しいものに関しては全力で喰らいついていくのがマナーでルールというものだ。つまり、アーチャーは生け贄。
「じゃーん!」
やけにハイテンションで凛が取りだしたのは。
おおおおお、とその場が沸く。彼女が取りだしたのは、実になんというか……心得た感じの、男用の着物だった。ぴしっとしてばしっとした、そんな感じの。禁欲的なところが実に心得ているというか。
「さ、着なさい」
“着てきなさい”ではなく。
“着なさい”なのか?
それはアーチャーも思ったらしく、……凛?とおそるおそる己のマスターを見やる、だが。
「着なさい」
結果。声音がさらに強くなっただけで、状況は何も好転しなかった。むしろ悪くなった。がっかりだよ!
「その……だな。凛。それを着ることについては千歩譲ってよしとしよう。だが今ここで、というのはどうかと……」
「選ばせてあげるわ」
彼女はにっこりと笑った。実に可憐に。優雅に、恐ろしく。
「ライダーの魔眼で石化してる間に着替えさせられるか」
ライダーがくいっと眼鏡をずらす。
「カレンの聖骸布でゲットされて身動き取れないうちに着替えさせられるか」
カレンがきゅっと聖骸布を引き絞る。
「子金ピカの鎖で拘束されて一枚一枚剥がされていきながら着替えさせられるか」
ギルガメッシュが申し訳なさそうに、けれど確かに愛らしく笑う。
「選ばせてあげるわ? さあ、どれがいいの?」
「…………――――」
あんた、鬼だよ。
もしもそこに常識人がいたならばそう言っただろう。だが生憎とそこには浮かれた野郎共しかいなかった。含むお嬢さんたち。
「ねえリン、そこにわたしの催眠術で身動き取れなくするっていうの追加してくれないかしら」
「イリヤ!?」
しろいあくまの降臨である。なんてひどい。お姉ちゃんは弟を守るものなのに。
くるっと振り返ったイリヤは、笑って言った。実に楽しそうに
「だって、面白そうなんだもの!」
――――面白そうと。
来ましたか。
「ごめんねアーチャー、わたしあなたのこと大好きよ? ……でもね? 美味しそうなデザートが目の前にあったなら、我慢出来ないのがわたしなの!」
デザート扱いですよ。
もう好きにして!いややめて!やっぱりやめて!許して誰か!
言いつつ誰に助けを求めたものかわからずにアーチャーは混乱する。着物を着ることについてもはや拒否感はない、だが“着せられる”ことについては我慢がならない。まるでそれでは着せ替え人形ではないか。イリヤの得意分野ではないか!
誰も味方はいないのか?助けの手を差し伸べてくれる者はいないのか。このまま公開羞恥プレイで皆の目前で着替えさせられるしかないのか。
アーチャーが軽く絶望しかけたそのときだ。
「なあ、嬢ちゃんたちよ」
すっ、と。
喧騒の中ひとり、立ち上がった者がいた。その者はそれほど大きくもなく低く声を潜ませ、それなのに喧騒を見事に割ってみせる。
「ちょっとは落ち着かねえか。オレのアーチャーが怯えてるじゃねえか」
「ランサー……!」
アーチャーも含めた一斉が彼の声を呼ぶ。がたん、と凛は料理や飲み物が並ぶちゃぶ台に手をついて半立ちになる。
「何よ駄犬! わたしのこの壮大なる計画を邪魔する気!?」
「そうよそうよ! いいところで口出しするなんて許さないんだから!」
凛から、そしてイリヤから猛然と抗議コールが起こる。けれどランサーは涼しい顔だ。立ち上がるとすたすたとアーチャーの元へ歩いていき、その肩を抱く。
そうして、ぎゅっと自分の方へと抱き寄せた。
「あ――――!!」
一気に起こる抗議のコール。それはランサーがアーチャーの頬にくちづけをしたことで殺伐としたものに変わる。
「ラン、サー……」
「アーチャー、大丈夫だ」
見つめあう至近距離。赤い瞳に見つめられて、“大丈夫”との言の葉を投げかけられ、じん、ときたアーチャーに次の瞬間。


「オレが今、この場で着替えさせてやるからよ」
「……は?」


にっ、と微笑むランサー。一度抱いた肩からぱっと手を離し、くるんとアーチャーを回転させてその両肩に手を置く。
「着物の帯を掴んで“あ〜れ〜”ってやるニホンの伝統の作法があるんだろ? オレとしてはそれに興味があってな」
「作法!? 違うそんなものは作法などではない! ……ではない、考え直せランサー! こんな公衆の面前で……」
それに凛も!イリヤも!他の皆も!
叫んでアーチャーは曰く“公衆の面前”を首だけで振り返って。
かぶりつきの遠坂凛。
隣のイリヤスフィール、カレン、ギルガメッシュ、ライダー、その他大勢。
「凛!? イリヤ!?」
「ごめんなさいねアーチャー……わたし、駄犬にあなたが盗られるのは許せないわ、本当よ。でも思うの」
凛はきゅるんっ、という表情を浮かべて。
「それ、すごく見てみたい!」
「――――理想を抱いてっ、」


溺死しろ――――、デキシー、デキシー、デキシー。
元旦、一月一日。
衛宮邸では、アーチャーが程よく場酔いしたランサーの手によってひん剥かれ、女性陣の手によって着付けられ、またもランサーの手により伝家の宝刀“あ〜れ〜”をやられ。
しばらくUBWの中から出てこなかったという、かわいそうなお話。


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