「おお……」
庭に飾られた立派な笹を見て、衛宮邸に集った一同は見事に声を唱和させた。
ランサーのバイト先の、妖怪爺なる不名誉なあだ名を(ランサーによって)付けられた店長が手配してくれた笹だそうである。一体どこから入手してきたのか。気になって仕方がないほど立派な笹である。
そんな笹を見上げて浴衣姿の女性陣はキャッキャとはしゃぎ、下駄をカランコロンと鳴らしていた。士郎ー!士郎、ねえ短冊どこー?
大河が真っ先に叫びを上げて士郎に問いかけ、続いて凛や桜が続く。セイバーやイリヤはいまいち七夕という文化を理解していないのか、その大騒ぎから少し遠くの方にいた。
それを名前を呼ぶことで呼び寄せると、士郎は腕にいっぱい抱えた短冊をそれぞれに配り作法を教えてやる。なるほど、これがタナバタですか……とセイバー。タンザクって?首をかしげるイリヤ。
俺も細かいことは知らないなあ……と同じく首をかしげる士郎に、シロウも知らないなんて、変なの!とイリヤが愛らしく破顔した。
「ところでおまえさんは詳しいことは?」
「さてね。何しろ記憶がところどころで虫食いなおかげで」
「磨耗って言うんじゃねえの? それって」
縁側でそんな彼ら彼女らの騒ぎを見守りつつランサーとアーチャーは冷えた緑茶を間に語り合っていた。ランサーは濃紺の浴衣の胸元をくつろげ団扇でぱたぱたと扇ぎ、アーチャーにみっともないと窘められたりもしている。
みっともなくねえだろ見ろこの肉体美を。…………。すんません調子に乗りましただからそんな冷たい目で見るのやめてください。
「わかってくれたのならいいのだよ」
「そうだな。オレの体はおまえだけのものだしなって冗談だからカラドボルグはやめろ。マジやめろ、いえやめてくださいお願いします」
「…………」
せっかく趣ある季節のイベントを……と不機嫌そうに未だ弓を番えながらむっつりしているアーチャーに、ランサーは土下座する勢いで詫びた。ふたりきりの時間(結構すぐ近くに他の面々はいるが)を迂闊な発言で台無しにされては問題である。というか、そんな理由で座に帰りたくはない。
「とにかく、織姫と彦星の伝説、それに短冊のことを把握しておけば問題はない。ほら、君もあの小僧のところに言って短冊をもらってくるといい」
「え、なんで」
「え」
「オレ、願いなんてないぜ?」
アーチャーはランサーのその発言に思わず瞬きをする。願いがない?まさか?
ぐるぐると様々な思考を脳内で巡らせているアーチャーにランサーは言う。何でもないことのように。
「住むところがあって飯が食えて、何よりいとしい奴が隣にいる。それで他に何がいるってんだよ」
「…………、」
頭がぽかんと真っ白になった。隣にいる、と言うところでランサーはアーチャーの顔を指差した。それはそれ、そういう意味である。
「なっ――――」
「ちょっと、この駄犬!」
そこに甲高いふたつの声が響いた。見てみればそこには仁王立ちした遠坂凛とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの姿。
すなわちアーチャーこと英霊エミヤの保護者たちのようなものである。
「イベントごとにかこつけて、わたしのアーチャーに手を出そうなんて甘いのよ! いつでもわたしの目は光ってるんだから!」
「そうよ! リンと一緒っていうのがちょっと気に食わないけど、わたしのシロウに手出ししようだなんて許さないわ!」
「……わたしのアーチャーなんだけど」
「……わたしの弟よ?」
バチバチバチバチ。
助けに入ってさっそく仲間割れを起こした保護者たちに唖然としているアーチャーの肩に熱い腕が回る。誰のものかと言えばもちろん、
「嬢ちゃんたち。主張は勝手だが、アーチャーがオレのものだってのは事実だぜ。だから傷が深くならないうちに諦めて――――」
「それは!」
「わたしたちの台詞よ!」
凛が浴衣の袖をたくし上げ、魔術回路を起動させる。イリヤも全身の回路を起動させよう、と、して。
「やめないか、凛、イリヤスフィール!」
当の本人、話題の中心、ホットな人物であるアーチャーに「待て」を食らった。
彼女たちは翡翠色の瞳と紅玉色の瞳をそれぞれぱちくりと瞬かせる。瞬かせて、から。
「アーチャー……もしかして、わたしの聞き間違いじゃなければあなた、わたしに逆らう気?」
「アーチャー……いいえシロウ。もしかしてお姉ちゃんとの約束を忘れちゃったの? ねえ?」
ぞくり。
暑い日だというのに寒気がアーチャーを襲い、全身の肌をチキンにする。チキンスキンとなったアーチャーは海老茶色の浴衣を着た体を両腕で擦って保温するようにすると、彼女たちに必死の抵抗を企む。
「……凛、それに姉さん。機嫌を損ねたのなら謝るよ。だけど……ランサーだけは許してやってくれないか」
「やっと自分の立場がわかったのね、アーチャー。でもその駄犬だけは無理よ」
「そうよシロウ、その駄犬だけは無理。リンと一緒なのは気に食わないけど」
「イリヤ、あんた喧嘩売ってる?」
「そうね、そう聞こえるかもしれないけれど今のわたしたちの敵は共同でランサーなんでしょう? そのはずよね? だったら力を合わせなきゃ、リン」
織姫と彦星並みにその仲引き裂いてあげる、いいえそれすら生易しいわ、永遠にその仲引き裂いてあげる!
可愛らしい声と顔であまりにもわたし残酷でしてよな台詞を言い放ったふたりに、ランサーとアーチャーはぞくりと震える。ぶるぶると震えてゴーゴーである。
そこにやってきたのは。
「イリヤ! 遠坂!」
「士郎!?」
「シロウ!」
同級生と、兄と。
それぞれやってきた相手の名前を呼んで、凛とイリヤは振り返る。そこにぱたぱたと駆け寄ってきた士郎は状況を確認し、凛たちの顔を見るときっぱり、と、こう言ったのだった。


「ふたりとも、あくまだからってあんまり悪いことばっかりやってると彦星と織姫が願いを叶えてくれないぞ?」


――――。
「衛宮くん……」
「お兄ちゃん……」
「小僧……」
「坊主……」
一気にその場の空気は冷えて、視線は士郎に集まって。
えっえっ、俺なんか変なこと言ったか?なあ藤ねえ、といつの間にか隣に来ていた大河にたずねた士郎は、どうやら彼女から純粋培養で育てられたようだった。
「えー、別に変なことなんて言ってないよー? このわたしを信用しなさい! ねっみんな!」
「タイガだから信用出来ないんじゃない……」
「右に同じくです先生……」
「藤ねえ……」
「素が出てるぜエミヤ……」
七月七日、七夕。
果たして織姫と彦星とは巡りあうことが出来るのか?出来たとして彼ら彼女らに恩恵を与えてくれるのか?
悩み深い、それは話であった。


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