「アーチャー、みかん」
「ん」
「アーチャー、みかん」
「ん」
ランサーが口をあーんと開ければ、剥いたみかんをアーチャーがその口へと放り込む。
イリヤがはいあーんして、と促せば、ぱかっとアーチャーが口を開けて、その口へと剥いたみかんをイリヤが差し入れる。
みかんの循環。メビウスリング――――とまでは行かないが、三人の間で奇妙なみかんサイクルが出来上がっていた。
「ランサー、はいみかん」
イリヤがにっこり笑って、手にしたみかんをランサーの目元まで持っていった。
そして。
「って!」
びしゅっ。
持っていったひとふさをランサーの目、めがけて思いっきり潰す。当然みかんの汁が飛んでランサーの目へと入る。
「いてててててて!」
「ふん」
「っこの、ブラコンロリが!」
「何よ、駄犬!」
火花が赤い瞳の間で飛ぶ、ばちばちばち。甘いみかんで甘いひとときを演出していたはずなのに。なのになのにどうしてこうなった。
日付変更戦を変えれば新年となる、いわゆる大晦日である。そんな日をこんな馬鹿らしく過ごしていいものか。否だ。
アーチャーは炬燵の板へと手をついて、赤い瞳のふたりの間へと割って入ろうとする。
「君たち――――」
「陰険なんだよ、やることなすこと!」
「あなたは杜撰ね、そしてみっともないわ」
わたしのシロウに手出ししないで、ええ来年からと言わず今からよ。
イリヤが声を荒げれば、ランサーも自然と昂ぶり立ち上がろう、として。
「年越し蕎麦も、おせちもなしだぞ!?」
「ごめんなさいアーチャー!」
「悪かった、アーチャー!」
しゅたっ。
いっそ潔いくらいにふたりは座り直して、きらきらと輝く瞳でアーチャーを見上げた。それは輝く夜空の星のよう。
「だから、あなたをわたしに頂戴!」
「あ? アーチャーはオレのだぜ、お義姉さま」
「何を言ってるの、この」
「だから!」
新しい年を迎えようというのに、ふたりはいつまで経ってもこのままだ。本当に年越し蕎麦もおせちもなしにした方がいいのかもしれない、彼らのために。でもそんなことをしたらきっと新年からふたりの顔は曇る。それはアーチャーにとって本意ではなかった。
だって、すっきりと美しい気持ちで大切な人には新年を迎えてほしいのだ。ランサーやイリヤだけではない、セイバー、凛、桜、大河、それにライダーや士、郎……も。最後の者は一応加えた、というポジショニングだが。
もつれあうようにして、悔恨を引きずったまま年を越してなどほしくないのだ。だから、アーチャーはきついことを言う。
ふたりの瞳を覗き込むようにして、願い訴えるのだ。
「いいか、ランサーにイリヤ……姉さん。仲良くしてくれないか、べたべたしろとは言わない。ただ、出来る限りでいいんだ。出来る限りでいいから、君たちの出来る限りでいいから歩み寄ってほしい」
「……アーチャー?」
「何だ、ランサー」
「それクリアしたら、褒美つけてくれるか」
「褒美……? 何だね、言ってみたまえ」
「酒。あと、おまえの」
「駄目――――!!」
そこでイリヤが割って入る。小さな体をいっぱいに使って、飛び込むように割り入ってくる。
「って、まだ言ってねえんですけど!?」
「どうせいかがわしいこと言うつもりでしょう! 唇とか、体とか! 許さないんだから、そんなの絶対許さないんだから!」
「ね、姉さん!?」
「…………」
「ランサー!?」
そこで即座に「違う!」と訂正が入らないのはイコールそうだ、ということだろう。アーチャーは顔を赤くしてランサーを見やる。たわけたことを言い出そうとしたらしいランサーを。
「そうなのか、ランサー」
「…………」
「答えてくれ、ランサー」
「…………」
「…………君とは今年限りだな、ランサー」
「はいごめんなさい狙ってました」
「やはり今年限りにしてもらおう」
「正直に言ったのに!?」
やった!と飛びついてくるイリヤを抱きとめて、アーチャーはひどく冷たい視線をランサーへと送った。なんで!なんで!と繰り返すランサーに、本当に冷たい視線を投げて「なんでとかいうか」とか頭の中で思った。
「イリヤ、あちらで年越し蕎麦を食べよう。もちろん一緒にだ」
「そうしましょう、そうしましょう!」
にこにこ笑って腕に腕を絡めてくる小さな姉が愛おしい。感じるのは温かい体温。
「ランサー、君は正座だ。蕎麦もなしだと思え。それでは」
「なんで!」
「なんでとかいうな」
思わず素の口調でそう言って、アーチャーは台所へと消える。そこに小さな机と椅子を用意して、姉とふたりで年越し蕎麦を食べるのだ。
「姫始め……」
「刻むぞ」
「どこを!?」
アーチャーは振り返って極上のスマイルでにっこりと笑い、
「あらゆるところを」
思わず下半身を押さえたランサーに「それでは」と言い捨て、アーチャーは完璧に台所へと引っ込んだ。
ランサーは炬燵に入っているというのに、背筋がぞくぞくして止まなかったそうな。


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