「いいか、今回こそは皆そろって一斉に、だ。抜け駆けなどなきようにな」
「……アーチャー、なんでそこでオレを注視すんだよ」
「君が一番危険だからに決まっているだろう」
「あはー、言われちゃいましたネ狂犬さん!」
「マジ殺す」
だから!とケーキカット用のナイフを握ってアーチャーが吼えた。猛犬と狂犬は揃って座る。あら躾がいいことで、言ったのはイリヤ。
「いつもこうでいてくれるとわたしも楽でいいのだけど」
「それだと刺激がなくて楽しくないって言うんじゃないですかねえ、オネエサマは」
「やだ、わたしそんなこと言わないわ。確かに刺激がない毎日ってとてもつまらないけど、だったら自分で作ればいいのよ」
「……イリヤ。頼むから穏便に頼む」
彼女にだけは強気に出られないアーチャーが先程よりは弱めにつぶやけば、彼女はあららと笑って細く艶のある銀紗の髪をかき上げた。
「それでは、せーの、で、」


「いただきます」


号令に合わせて一斉にぱちん、と手を合わせる音が居間に響き渡ったのだった。


本日は聖バレンタインデーの一ヶ月後、ホワイトデーだ。性別男性であるアーチャーは本来ならばこの日にだけ“お返し”をすればいいものであったが性質上。
バレンタインデーに色とりどりなたくさんのチョコ菓子を振る舞った彼はそれでもホワイトデーにクッキーやキャンディーなどの様々な菓子を振る舞った。それもすこぶる楽しげに。顔にはあまり出さなかったが。
「三倍返しってもんじゃないわよね……アーチャー、あんたちょっと身を削りすぎよ?」
「何を言うのだねマスター、手を抜いたら抜いたで君は文句を言うのだろう? それに私は元来こういったものに関しては手など決して抜けない性分でな」
真っ白なクリームでデコレートされたケーキをパクつきながらしみじみと嗜める凛に、次々と新しい菓子を台所から出してきながら言うアーチャー。その向かい側で凛と同じケーキを口にしながら士郎はむむうと唸っている。同じ料理を趣味というか生き甲斐とするものとして、この出来栄えに思うところがあるのだろう。
「というか、ホワイトデーというよりホームパーティーみたいになってますよね。楽しいからいいんですけど」
「楽しいのはいいことです、サクラ」
己のマスターが幸福であることを何よりも優先するサーヴァントであるライダーは紅茶のパウンドケーキを口に運びながら言う。実に、実に優雅な仕草で。
「…………」
「…………」
「ああ、ランサー、イリヤ。そのクッキーはまだ残りがあるから……今持ってくるから、そう睨みあわないでくれたまえ」
一枚残ったラングドシャクッキーを間に挟んで睨みあう猛犬と小さな姉に苦労じみた口調で言って、席を立つアーチャー。その背にアーチャーさん、わたしもー!と藤村大河が陽気な声を投げた。
「桜ちゃんも言ってたけどほんとホームパーティーみたいで楽しいわねー。どうよどうよイリヤちゃん? ニホン流のパーティーは!」
「そうね、とっても家庭的で素敵。出されるお菓子もみんな美味しいし……これで」
言って彼女は後ろを振り返る。――――れば、その後ろに立つのはキリっとした顔の青メイドとボンヤリした顔の黒メイド。
「おまけがついてこなければもっとよかったんだけどね」
「お嬢さま、そのような物言いはレディとして上品ではありませんよ!」
「イリヤ、わたしたち……邪魔?」
叱責を飛ばす青メイド、セラ。首をかしげてみせる黒メイド、リーゼリット。イリヤはくるりと振り返り直してため息をついた。
「持ってきたぞ……イリヤ? どうした?」
「どうもしないわ、アーチャー。それよりもそれは焼き立て? とっても美味しそう!」
たちまち無邪気な顔に戻って快哉を上げるイリヤに、再度セラの叱責が飛ぶのだった。
「そういえばランサー。あなた、仕事先のレディたちにお返しはちゃんとして? 嫌だけれど、とても嫌だけれど、もしも、もしもよ? わたしがあなたの“義姉さん”になるのなら、義弟にはちゃんとマナーを嗜んでもらわないと」
困るのだけど、イリヤは言う。ランサーは前歯でクッキーを噛み砕いて「は?」といった顔をしてみせた。
「なに言ってんだオネエサマ。オレがいつ、誰からチョコをもらってきたって?」
「は? あなたこそ何を言っているの? 意味がよくわからないのだけど」
「イリヤ、イリヤ。ランサーはね、バイト先で誰からモーションをかけられても難攻不落、絶対に、絶対に落ちやしないのよ。もちろんバレンタインのチョコもみんな断わってきたわ」
「なんですって!?」
がたん!
イリヤがちゃぶ台に手をついて立ち上がる。白く小さな細面にはあからさまな驚きの色。
「この性欲に漲った男が!? 誰の声にも耳を貸さないなんてリン、そんなこと有り得るの!?」
「有り得るのよ。わたしも信じられないけれどね」
「……おい、嬢ちゃんたち。あんまりといや、あんまりじゃねえか?」
オレにも限界ってもんがあるんだけどなぁ、ランサーは穏便に見せかけ剣呑に言う。だが彼女たちは動じない。逆にぎろりとランサーを睨み返してみせる。
「だってアーチャーにあんなにコナかけておいて、それってないんじゃないかしら。ねえリン」
「そうよね。アーチャーにあんなにコナかけておいて、ないとはわたしも思うわ」
「オレはアーチャーひとすじだ」
真顔で言うランサー。やだ恥ずかしい、とコソコソ言いあうイリヤと凛、恥ずかしくねえよ!と言いたげなランサーだったが、次の瞬間彼ではない誰かが取った行動によってそれは遮られる。
――――だん!
「……チェリーシロップケーキを取ってくる。場が少し寂しくなったからな」
先程のイリヤと同じようにちゃぶ台に手をついて立ち上がったのはアーチャー。彼は平坦に押し殺した声でそう言うと、つかつかと台所へと向かって歩いていく。その後ろ姿をランサー、イリヤ、凛の三人はそろって見ながら。
「……顔、真っ赤だったわね」
「……そうね、耳まで真っ赤だったわね」
「……やべえ、マジ食っちまいてえ」
「猛犬さん、アウトー」
ヒヒヒ、と笑うアンリであった。
ちなみにチェリーシロップケーキとはアーチャーオリジナルのケーキで、真っ赤な真っ赤なケーキだったという。



back.