「釣れていますか?」
品のいい声。
振り返れば、そこには港にあまりにも似合わない格好をした女性がひとり、同じ格好をした女性をもうひとり従えて立っていた。
「セラ、アーチャーは釣竿持ってないよ。魚を釣ってるわけじゃないと思う」
「お黙りなさいリーゼリット。話の取っ掛かりなど、どんなものでも良いのです。ええ。どんなものでも」
「――――セラ? 私に君がどのような用事が?」
潮風にメイド服の裾をなびかせながらセラは形のいい眉を寄せた。軽い不快の表情である。
「お嬢さまの姿が見えないのです。エミヤシロウのところに遊びに行っているのかと思えばそうでもない。だとしたら、もうひとりの」
エミヤ、シロウ。
「あなたの元にいるのかと思えば」
「……そうでもない、と。そういう顔をしているな」
「ええ、そうですね。全く、お嬢さまはどこに行ってしまったのでしょう」
はあ、とため息。隣のリーゼリット、リズは首をかしげてぼんやりとした口調で、
「セラ、イリヤも大人。わたしたちが心配しなくてもたぶん大丈夫」
「たぶんとは何ですか! ……ああ、お嬢さまに何かあったらわたしはどうしたら」
そのまま海に身投げでもしてしまいそうに見えたから、少しだけ心配になる。
お嬢さま、すなわちイリヤの姿が見えないことについても。
あの少女は小さく幼く見えるが決してそうではないけれど、それでもどこにも姿が見えないのなら心配にはなるだろう。
「私の方でも探してみようか」
「……必要ありません。エミヤシロウの手助けなど要るものですか」
ふいっ、と顔を背けてしまったセラ、だったが、明らかにその様子は強がっている。リズはその強がりを悟ったように、
「セラ、そういうの良くないよ。アーチャーが助けてくれるなら、きっと何かあると思う」
「私の目は鷹の目だ。物探しにはそれなりに役立つと思うのだがね?」
「いいと、言っているのです!」
苛烈な怒号にきょとん、としてしまった。そして思う。
自分も、他者から見ればここまで頑ななのかな、と。
「いいな。鷹の目、かっこいい。リズもそんな目が欲しかったな」
「あなたには怪力があるでしょう。その力で草の根をかき分けてでもお嬢さまを探し出しなさい」
「彼女は……イリヤは猫の子でもあるまいし。草の根の間になんているはずもないと思うのだが」
「物の例えでしょう。本当にエミヤシロウは忌々しいことこの上ない。だから言ったのですよ、リーゼリット。このような男のところになど、お嬢さまは遊びになど来てはいないと」
「藁にでも縋る気持ちだったのかね」
「アーチャー、藁なの?」
リズが不思議そうに言った。
「藁になんて全然見えない」
「そういう意味ではありません!」
「どうして怒るの、セラ?」
「あなたたちにも、そして自らにも腹が立っているのです!」
業腹です、とぷりぷり怒るセラ。
「そもそも何ですか、エミヤシロウ。物探しですって? あなた、お嬢さまを物扱いする気ですか?」
「あ、いや。それこそ物の例えで」
「言い訳無用!」
青空にセラの怒号が響き渡っていく。
にゃあ。
「にゃあ?」
突如潮騒の音に混じった奇妙な鳴き声にセラが怪訝そうな問いを発する。すると、ぴょこん。
「あ、ネコ」
リズが胸元から飛び出してきた小さなものの名前を呼んだ。
「アーチャー、胸でネコ飼ってるの?」
「いや……その、どうにも、懐かれてしまって、だな」
「いいな。リズも胸に入れてみたいな、ネコ」
「セラ?」
「何ですか、気軽に呼ばないでください」
「イリヤは猫嫌いだろう?」
それが何ですか、という顔をしているので、耳をぴこぴこと動かしている子猫の頭を指先で撫でて。
「だからわざわざこんなところで猫など飼っている私の元には来ないよ。直感的に嫌なものの気配を察することが出来るだろうからね、彼女なら」
「――――」
無言になるセラ。その代わりというかのようにリズが答える。
「アーチャー、イリヤのことよく知ってるね」
「……まあ、」
姉さんだから。
「アーチャー、仲良し。イリヤと仲良し。リズと一緒」
セラともね、と言ってリズは微笑む。
「アーチャー!」
ふと潮騒をかき消すように聞こえた甲高い声に、三人は振り返る。
そこに現れたのが誰だったのかは、セラの驚きようとリズの喜びよう、そして声の主が猫を見た瞬間の悲鳴によってご想像願いたい。


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