「釣れてますか?」
潮騒。
顔を上げれば、とてもとても懐かしい彼女がそこにいた。
「藤ね……村さん」
ねむらさん?
何となく不思議そうな声でふじねむらさんもとい、藤村大河が首をかしげる。
「いや、済まない。……ええと、釣り、ではないんだ」
「あ、そうなんですか。ごめんなさい、わたしてっきり」
てへへと大河は笑う。青空に輝く太陽のようなあっけらかんとしたその笑顔。
「アーチャーさんと港と来たらてっきり釣りだななんて思っちゃったわたしが悪いんですよう」
「……そんなに私は釣り好きに?」
「とても」
真面目な顔でうん、と頷いてみせられたので、ううん、と思う。まあ釣りは嫌いではない。好きな部類に入る。でもそこまで印象付けられてしまったのか、と、ちょっとだけ思った。
「釣りと言えばですねえ、ランサーさんによく成果のおすそ分けもらうんですよ」
「ああ、」
ランサー。
ちょっと思い出すと何となくもやもやとする。けれど口には出さずに。
「士郎が美味しく料理してくれるんですよねえ。一昨日のお魚のフルコースが忘れられなくて」
「……彼は、そんなに頻繁に?」
「あ、いえ。そうじゃなくて、わたしがしつこく押しかけちゃうんです。おすそ分けがもらえたら嬉しいなって」
よく考えたら失礼ですよねなんて彼女が笑うから、勢いこちらも笑ってしまって返事を返した。
「いや。彼は聞いた話では独り住まいだ。それなのに大量の魚を持って帰っても無駄にするだけだろう? だとしたら藤村さんに持って帰ってもらって美味しく食べてもらった方が彼も魚もきっと嬉しい」
はずだ、よ。
言いかけて、じっと大河が見ていることに気付く。
「何か?」
「いえ」
にこっ、と大河は笑って。
「アーチャーさん、すごくランサーさんのこと知ってるんだなあって」
「――――」
顔は。
おかしいことに、なっていなかっただろうか。
「あれ」
大河が胸元を覗き込んでくる。
「な、何か?」
「アーチャーさん、胸が」
膨らんでませんか?
「え」
にゃあん。
「あ!」
大河が笑顔で喝采を上げた。
「猫ちゃん!」
「あ、こら!」
ぴょこんと胸元から顔を出した子猫に慌てる。けれど大河はそれを楽しそうに笑って、身を屈めてくりくりの子猫の瞳を覗き込む。
「可愛い猫ちゃんですねえ。アーチャーさんの飼ってる猫ですか?」
「あ、いや、その、」
「頭撫でてもいいですか?」
「……構いません、が」
「わあ!」
さっそく手が伸びてきて、子猫の頭を撫でる。子猫は最初驚いた顔をしていたものの、すぐにごろごろと喉を鳴らし始めた。
「可愛い。名前とかあるんですか?」
「いや、その……」
「ないんですか? 付けてあげたらいいのに」
にこにこと大河は笑っている。
「それにしても、アーチャーさんが猫好きだなんて知りませんでした。これは大スクープかも」
「スクー、プ?」
「今夜の晩御飯で皆に話したらきっと驚くと」
「それは!」
思わず上げてしまった大声に、大河が目を丸くする。だが、出してしまった声は取り返すことも出来なくて。
耳から先に赤く、熱くなっていくのを感じながら、「……それは、勘弁、してほしい、」とだけ、小さな声で言った。
「……困ります?」
「……困ります、」
「じゃあ」
言いませんね、と言って大河は笑った。
「アーチャーさんって」
照れ屋さんなんですね、と言った彼女の笑顔は、すこぶる眩しかった。


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