けだものが鳴く。
黒い、真っ黒いけだものが。
「ああもう、うるさいっ!」
隣の少女、遠坂凛が叫んで宝石を投げる。きらきらと軌跡を描いたそれは、けだものの一群に着弾して光を放ち、大きな炎の柱となった。
それを見ながら剣を奮う。当たり前に斬る感触。命を絶つ感触は生々しく手に残る。
ギイ、とけだものは鳴いた。死ぬ前に大げさにひとこと残すでもなく、鳴き声だけを上げてそれは息を引き取った。
「凛」
「何よ、今忙しいの!」
「猫を。飼いたいんだ」
「は? 猫?」
「うん」
置いてきた猫。自分に与えられた場所に置いてきた。今頃寂しがって泣いている。
凛は少し考えると、ええ、とだけ言った。
「ええ、いいわ。あんたが望みを言うだなんてとってもレアなことだもの。それにわたしはあんたの大体のお願いなら叶えてあげたい」
それで、どんな猫なの?と宝石を手にじゃらじゃらと鳴らしながら凛は問う。
それに、
「とても、健気で愛らしくて」
「ええ」
「逞しい猫だよ」
「――――は?」
「私を守ってくれるのだそうだ」
“こいつを、守ってくれな”
今はもういない、彼の声が脳裏に蘇る。
「あんたは猫に守ってもらわないと駄目なサーヴァントなの? ……全く」
呆れる、もしくは怒るかもしれないと思っていた凛はくすくすと笑っていた。その髪はほつれ、乱れ、めちゃくちゃな有り様だ。女の髪は大切なのに。特に魔術師の髪は。
「っと、危ないっ!」
今度は氷柱。ぱきぱきぱき、と澄んだ音が鳴って、中に閉じ込められたけだものたちが声もなく死んでいく。絶えていく。
綺麗な死に様だ。そう、思った。
連想して思う。
彼に殺されたという女は、彼女は、一体どんな死に方をしたのだろう。あの死の具現の魔槍で心臓を貫かれたのか。だとしたら、羨ましい。
だってもう、それは叶わない。
このまま戦って戦って、やがて朝を迎えてただ消えるだけの自らには、あの魔槍を心臓に受けて死に果てるという願いは叶わないのだ。
凛も、彼も。
殺すのだとしたら、とても綺麗に、殺してみせる。
それをこの身に受けることはもう、叶わない。
「猫!」
「え?」
「どんな、名前なの?」
「……無いよ。名前など、付けてはいない」
「馬鹿ね、」
今度は風。竜巻はけだものを切り刻んで消していく。血も出ない。本当に綺麗な殺し方。
「付けてあげなさい。そして呼んであげるの。そうじゃないとおかしいわ。だって、あんたを守ってくれるんでしょう」
わたしを守ってくれる、
「あんたみたいに」
凛は、そう言って笑った。
「ねえ、わたしのアーチャー」
ぼろぼろの体で。
けれど、息を呑むくらい美しく。
「名前を、付けてあげなさい」
凛、とした。それは、笑顔だった。
「それは、とても大切なことよ」
ああ――――光が差す。
「凛」
「なあに、アーチャー」
「……終わりが。来たようだ」
「そうね」
眩しい、と翡翠色の瞳を細めて彼女は言う。
「結局徹夜ね、嫌だわ。お肌に悪いじゃない」
彼女らしい言い様に笑う。終わりを意識しない彼女の、凛の声。
「ねえ、アーチャー」
「何だろうか」
「名前を付けたら」
その、猫。
「わたしにも見せてね」
「――――」
ああ、と。
返事を返して、消えていく体で笑った。
「必ず」




―――――Four days, end.


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