歩く。
てくてくと、歩く。
目覚めたての意識は緩く、温い。けれど歩く度に血は巡り、意識は芯を持っていった。
ここはどこか。自分は誰か。目指すものはどこか。
考えながら歩いていく。思い出していく。
考えるのは小さな子猫のこと。
歩いて、歩いて、やがて辿り着いた。ドアを開ける。少し埃っぽい空気。果たしてそこに子猫はいた。目を閉じて眠っている。
「  」
名前を呼びかける。すると子猫の目が開く。
にゃあん。
子猫は嬉しそうに鳴いた。初めて呼んだ名前を自分のものだと理解して、正しく理解して鳴いた。そしてにゃあにゃあとしきりに鳴き始めた。
その勢いにため息をついて苦笑する。小さな、温かい、柔らかい体を抱き上げて胸元に入れる。
ドアを閉めて歩き出す。次なる場所へ。てくてくと。
てくてく。てくてく。てくてく。
歩く。歩く。歩く。
道は長く、短かった。――――目的地。到着して、表札を確かめて。
呼び鈴も鳴らさず玄関を開ければ、そこには彼女が立っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま、凛」
にっこりと笑ったその笑顔はとても、綺麗だった。
彼女が行う殺し方のように、綺麗だった。
「それが言っていた猫なの?」
「そうだよ」
「そう。とても可愛いのね」
なのにあんたを守ってくれるの。
そう言うから、そうだよ、とだけ答えた。すると彼女は少しだけ考えて、
「わかったわ。とりあえず上がりなさい。……みんな、あんたを待ってる」
返事を頷きにだけして返して、靴を脱いで上がる。彼女の後をついて歩いていく。てくてくと歩いて到着した、そこには。
「アーチャー!」
小さな姉とメイドたちが、いて。
「アーチャーさんだ!」
かつての姉が、いて。
「よお、……アーチャー」
意地悪げに笑う彼が、いて。
「――――ただいま」
そんな彼女ら彼らに、返事を、して。
子猫を胸元から、抱き上げた。
小さな姉は驚いて喚いて逃げ惑い、かつての姉は可愛い可愛いと連呼して、意地悪な彼はちゃんと守ったかと子猫の喉をかいぐった。
「名前を、教えてあげなさいよアーチャー。なんて付けたの?」
「クー、と」
「は?」
彼が。
おかしな、声を出した。
「私を守ってくれる猫さんだからな。この名前で決まりだろう」
「って、おまえな――――それは」
「そうよ、おかしいわアーチャー。だってそれは駄犬の名前だもの」
「駄犬、って……嬢ちゃんな、あんた」
「犬の名前なの? とっても可愛いと思うけど」
「ええ藤村先生、本来は犬の名前なんです。でも、とても可愛いと思いません?」
「うん、可愛いわよね遠坂さん、わたしもそう思う!」
きゃいきゃいとはしゃぐ女性陣の傍らで、彼は、ランサーは妙な顔付きをしている。あまりにも変な顔だったので、思わず噴出してしまった。
「おい、アーチャーおまえな!」
「あら、ランサー顔が赤いわ。どうしたの?」
「あ、本当だあ! ランサーさん顔が真っ赤! 熱でもあるの?」
体温計体温計、と慌てるかつての姉に必要ありませんよ、と答える彼女、凛。
「大丈夫ですよ藤村先生。あの人は照れてるだけですから」
「! な、っ、嬢ちゃんなあ!」
がたん!と跳ねたランサーの足がちゃぶ台にぶつかって、地味な痛みに彼は悶える。それがおかしくて、笑いの波は一向に引いてはくれなくて。
「だ、いじょうぶかね、ランサー?」
「笑いながら言ってんじゃねえよ、」
あいててて、と唸るランサーがおかしかった。
にゃあん?
子猫が、クーが不思議そうに鳴く。その頭を優しく撫でればとても心地良い気分が押し寄せてきたのだった。


.....restart?


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