「たったひとつの――――……」


冴えたやり方!


「…………」
「…………」
いや、意味不明。
ふたりのえみやしろうはそんな顔でアンリマユを見やる。
中途半端にシーツを被ったアンリはにっかりと笑ってえみやしろうたちを眺めやる。
そして、花開くようにぱっと手を差し出した。
「そんなわけで。トリックオアトリート?」
「はいはい」
小さなえみやしろう、士郎はさっさと食器棚を弄る。二番目の棚、奥。そこから取り出しましたのは。
「これでも食べていろ」
大きなえみやしろう、アーチャーも同じく、彼は冷蔵庫の奥。
「――――、」
パンプキンキャンディ。
それから、パンプキンタルト。もちろんどちらも手作りである。
「桜に作り方教わって作ったんだからな。ガリガリ噛むなよ、もったいない」
「私は独学だ。小僧とは違うぞ」
「おまえさ。……はあ、もう、いいけど」
おまえと付き合ってると子供相手にしてるみたいな気分になるし。
「なっ」
アンリの手にキャンディを転がし、再びかちゃかちゃと生クリームを泡立て出した士郎の隣で茹でたかぼちゃを潰し始めたアーチャーの顔が赤くなる。
何だと、貴様!
「だってそうだろ。事あるごとに突っかかってきてさ。俺、達観することにしたんだ。子供を相手にしてるようなもんだって」
「言うに事欠いて……貴様!」
「わかったわかった」
「わかっていない!」
「もう……どうしたいんだよ」
遠坂に言われただろ?俺を殺しちゃいけないって、と生クリームを泡立てつつ言う士郎にぐぬぬと唇を噛むアーチャー。そうだけど。そうだけど、そうだけど、そうだけどそうだけどそうだけど!
だなんてきゃっきゃうふふとはしゃぐえみやしろうたちの少し離れた近くで、ヒルルと冷たい風に吹かれる、アンリ、マユ、
「激情と」
情熱のあいだ!!
「うわあ!?」
「!?」
どっちも同じようなものだ。激情と情熱。
まあ、とにかく叫び声を上げつつタックルをかましてきたアンリにモロに直撃を喰らって驚くふたりのえみやしろうたち。
思わず床に倒れたふたりの上にマウントポジションを段取りつつアンリマユは。
「つまんない! つまんないつまんないつーまーんーなーい! なにそれ!? なんなのそれ!? オレへのおざなりな対応だけじゃなくてふたりでもう、そりゃあいっちゃいちゃ! いっちゃいちゃしちゃってさあ! なんなの!? 妬ける! ぶっちゃけ妬けます! オレにも構って! 構うのです!」
「いちゃ……い!?」
「重い! いいからどけ、アンリマユ!」
「いやです! 構ってくれるまでどきません!」
重い。どっしりと重いアンリマユの体。まるでおんぶおばけか、というかのごとくに彼の体は重かった。えみやしろうたちはどんなに頑張っても彼の体をどけることが出来ず、これはどうしようかと思っていた、ところに――――。
「――――ん?」
ずしん。
「あれあれ?」
ずずん。
「……んん、ん?」
ず、し、ん、
「この、気配、は、」
「……アヴェンジャー?」
「キャーやっぱりマスター! カッコイイ抱いてー! 下の赤いお兄さんをー!!」
「わたしは女性です! たぶん!」
「たぶんなのかね!」
そこは是非だろう!と叫んだアーチャーと絶句の士郎の上から、進撃のバゼットがアンリマユの頭をアイアンクローで鷲掴み持ち上げていく。いたーい、いたいいたいいたい!アンリマユが悲鳴を上げてもバゼットはお構いなし。お・か・ま・い・な・し、なのである。
「言いましたよねアヴェンジャー? 士郎くんたちの邪魔はしないと」
「え、聞いて、ない、ような気が、痛い痛い痛い言いました言いました言いましたァ!」
悲鳴は悲惨を極まって。いっそ殺して!と引き攣る叫び、いっそ殺してあげて……と間違った救済を望むはふたりのえみやしろうさんたち。
「さて、士郎くん、アーチャー。何かわたしたちに手伝えることは?」
「前もあったなこんなこと……。あ、じゃあ、居間の飾り付けを。……その、なるべく穏便に」
「了解しました。行きますよ、アヴェンジャー」
「いやー! マンネリいやマンネリいやマンネリいやー! 見せて! 男装の麗人攻め×ガチムチ乙女回路受け! ハードコアなハーレクインが見たいの、いたっ、いたたたた、いたい、嘘です、嘘です、だから爪を脳髄に食い込まさないでェ!」
ずしーん、ずしーん、ずしーん。
その足音はアンリマユの体重を足した上での重さによるものだと思いたい。でなければあまりにもバゼットさんが救われない。
「…………」
「…………」
「……支度、するか」
「……ああ」
アンリマユの犠牲を無駄にしてはいけない。
ゆっくりと手を合わせて祈りを捧げたふたりのえみやしろうたちはさっさとハロウィンパーティーの支度に取り掛かった。そういうところがドライだった。


「シロウ、アーチャー!」
TRICK OR TREAT!
「わっ」
パンプキンクッキーの生地をかたどっていたふたりのえみやしろうたちの背に、歓声と共に温もりが飛び掛ってくる。
「イリヤ――――」
「――――スフィール」
「アーチャー、後で拷問室ね。……うふふ、いやね、嘘よ。ただちょっとお人形の中に入ってもらうだけ! ……なんでそんなに怯えた顔をするの?」
とっても楽しいことよ?と首を傾げるイリヤの姿はゴシックドレス。
「いつでも魔女じゃ変化がないでしょう? それはね、リンに譲ったわ」
「ネタバレ」
「凛が魔女……」
それぞれの想いをつぶやくふたりのえみやしろうに、軽やかに笑いかけてイリヤはたっぷりとフレアの施されたミニのスカートの裾を摘んだ。
中からすらりと伸びるは白い足。
「これはね、Geist。ドイツ語で幽霊って意味よ」
「幽霊」
「そう。ふわふわ飛んで、ひらひら舞うの。背中に羽根は付いていないけれどね」
「何だ」
「え?」
残念だな、とアーチャーは。
「イリヤスフィール……姉さんなら。幽霊なんかじゃなくて、天使がぴったりだと思ったのに」
「…………」
「…………」
「……何かね?」
「ああ、もうっ! アーチャーったら!」
「わ!?」
アーチャーの細い腰にすかさずタックルを仕掛けるイリヤ。顔は満面の笑みで、周りに花がぴよぴよ飛んでいる。
「なんてこと言うの! なんて可愛いことを言うの? あなたそうだから、そうだからわたしはいつでも困ってしまうのよ! 仏頂面でツンツンしてるかと思えば、不意打ちでそんな可愛いことばかり! だから、だからねアーチャー? わたし、わたし、リンの元からあなたを――――」
「はい、そこまで」
むぎゅっ。
慌てるばかりのアーチャーの頬に今こそ!キス!……をしようとしたイリヤの唇が肌色の手によって押しのけられる。むっとしたイリヤの顔、それが「あっ」という顔になって。
「リン!」
「凛!」
「そうよ、わたしは遠坂凛。それで?」
「いや、それで? ……って、遠坂」
満を持して、遠坂凛さんの登場です。
「なあに、衛宮くん? 視線が熱いわ」
ふふ、と笑う凛に、士郎は「ああ、」と相槌を打って。
「いやさ。本当に、魔女なんだなあ。……って、思ってさ」
「…………」
「すごく似合ってるぞ。遠坂!」
「なんで真顔なのよ?」
ガンド撃ってもいいかしら。
主に顔面に向けて、とそろって真顔で言う凛に、なんでさ!とお決まりの台詞を返す士郎さんでしたとさ。
「いや、凛。とてもよく似合っているぞ、本当に」
「アーチャー、あんたも……いいえ。あんたはそういうキャラじゃないものね、知ってたわ」
「遠坂、俺だって」
「はいはいはい、そうねそうねそうね。で? あなたたちは今、何をやってたの?」
「見ればわかるじゃない、リン。シロウたちはクッキーの生地を抜いていたのよ!」
「へえ」
ぐらりと大きな魔女帽子を揺らし、ふたりのえみやしろうの手元を覗き込む凛。すかさず士郎が「危ないぞ、遠坂」などと言い、アーチャーは無言で傾ぐ帽子を手で押さえてやったりなどしている。
「全く、シロウもアーチャーもリンには甲斐甲斐しいのね。わたし妬けちゃうわ。お姉ちゃんなのに子供扱いで」
「そんなことないぞ、イリヤ。俺は遠坂にもイリヤにも同じくらいに接してる……つもりだ」
「何故そこで私を見る」
「いや。一番客観的で近い意見をくれるのがおまえかなって」
アーチャー。
真面目な顔でつぶやく士郎に右眉を跳ね上げるアーチャーだったが、その言に凛とイリヤはそろって「ああ」などと言って頷いてみせるのだった。
「……なんでさ」
むっつりと唇を尖らせてつぶやき返すアーチャー。思わずきゅん、と胸を高鳴らせる凛とイリヤ。
「ほんっと、可愛いわねあんた。……どっかのブラコン年齢詐称お姉さんにさらわれないように注意なさいよ?」
「そうね、ほんっとうにアーチャーは可愛いわ。どこかのサーヴァントを酷使しても当然だと思ってるような傲慢な魔術師の元から助け出してあげたいくらい」
「…………」
「…………」
「あーっ! ほら、ほらほらふたりともっ!」
睨みあうふたりの間に割って入ったのは士郎。チン、とちょうど音を立てたオーブンを片手で開けて。
「カボチャクッキー焼きあがったぞ! ほら、口開けて、」
「えっ」
「えっ……?」
「ほら、ちゃんと吹いて冷ましたから。熱くないぞ?」
あーんしろって。
「あ、」
「あー、ん」
「ん」
ぱっくん。
「どうだ、美味いか?」
もぐもぐもぐもぐ。
「うん、まあ、その、美味しい、わ」
「美味しい! とっても美味しいわ、シロウ!」
「それは良かった」
にっこり。
微笑む士郎にドッキンハートにまばたきショットされてしまった凛とイリヤでした。
「凛、姉さん……」
「アーチャー。思うに、あんたに足りないのはこういうさりげない男らしさね」
「そうね、アーチャー。あなたはとっても可愛いわ。けれど、こういう格好良さではシロウに旗が上がってしまうかも」
「…………」
「ちょっと待て! どういう結論でアーチャーが俺を殺害対象と定めた目で見てくるのさ!」


そこに、ぴょこんと顔を出すサクライダーとセイバーさん。
「先輩、シフォンケーキの準備が出来まし……あれ?」
「士郎、フラグ乱立も程々に」
「ライダー、何ですかそのフラグというものは。美味しいのですか?」
それぞれ桜の精、シスター姿、甲冑姿という例年のコスチュームである。ピンク色のレースとオーガンジーを重ねてふんわりと仕上げた桜、すんなりした長身を禁欲的なシスター服に包んだライダー、いつかの目しか出ていない甲冑とは違い、今度は顔もきちんと見えるように「女騎士」らしい甲冑を身に纏ったセイバー。
花、花、花。
三輪の花は三種三様の表情と色を浮かべて士郎、アーチャー、イリヤ、凛たちを見つめてくる。
「ああっ、桜! 生クリーム今持っていく、飾り付けしてくれ! ライダー、俺はフラグ乱立なんてしてないぞ!? セイバー、フラグは食べ物じゃない」
「ライダーへの発言は頷きかねるな」
「おまえは余計なことばっかり口出しして!」
「わたしもアーチャーと同意見だわ、衛宮くん」
「わたしもよ、シロウ」
「遠坂!? イリヤ!?」


日は暮れて、夜になり。
がおーと獣耳と尻尾を付けた冬木の虎がアルコールと共に菓子を貪れば女騎士がそれに続き、トリックオアあいたたた!とシーツおばけが男装の麗人にアイアンクローを喰らって悲鳴を上げる。
おどおどとそれを眺めるのは桜の精で、彼女をなだめるのは長身のシスター。哀れな人間の少年を挟んで菓子のオーダーを繰り返すのは魔女とゴシック系幽霊のタッグ。
どこから紛れ込んできたものか、金色の鎧を纏った青年が金品ではなく、今日だけは飴をばら撒きまくる。
「あーあもう、うるせえうるせえ」
風情がねえ、と言いながら狼男の顔は笑っている。その口元に付いた生クリームを甲斐甲斐しく取ってやりながら、黒の上下を纏った白髪の男はため息をついた。
「何を言う。このような騒がしい催し、元々風情などあるものか」
「まあな。知ってて来たし」
けらけらと声を立てる狼男に、血のように真っ赤なワインを手渡してやる白髪の男。
「おまえとさ。……おまえの手作り菓子を目当てに来た」
「さて。どちらが本命なものやら」
「両方に決まってんだろ?」
ん、と顔を突き出して、あーんと口を開ける。そこにフォークで等分したパウンドケーキを放り込んでやりつつ、白髪の男はまたもため息を吐いた。
「ところであの英雄王。――――君が連れてきたのか?」
「まさか」
勝手に着いてきた、と狼男が言えば、だろうな、と白髪の男が返す。
「なァ」
「ん?」
ちゅ。
「…………」
「――――」
ごく。
ん、。
「食わせてばっか、飲ませてばっかじゃつまんねえだろ。美味いか?」
「……私は、酒は好まんのだが」
「そっか。じゃ、菓子食うか?」
「……少しばかりなら」
「ん。なら、口開けな」


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