おにーさんっ!
そう叫んで衛宮邸の居間に駆け込んできたのは、皆さんお待ちかねの小さな英雄王ギルガメッシュではなくて。
「……アンリマユ」
現代の衣装に身を包んだこの世全ての悪なのだった。
そんなこの世全ての悪はビニール袋をがさがさと言わせ、喜び勇みながら「げっ」という顔をした士郎を押しのけアーチャーの目の前へと割り込んでくる。
「あ! おい、おまえ、そんなのコンビニで!」
トヨエツで買ったらもっと安かったのに!と叱り付ける士郎をまるっきり無視し、その問題には悔しいけど同意だというような顔をするアーチャーの目の前へと赤い箱をずいずいと押し出して。
「レッツ! 愛のポッキーゲーム!」
「――――は?」
「さささ、その口をあーけーて。こっちをくーわーえーて」
などと言いつつアーチャーの顎を捉え、開けさせ、封を切った赤い箱の中味……棒状の菓子……の片方をアーチャーへと咥えさえ、自分はぱくりとそのもう片方にと喰らい付く。もぐんっ、と滑稽な擬音を付けて。
次の瞬間あぐ、と一気に菓子の半分ほどを咥えた。
「……ん!?」
「んー」
「!?」
アーチャー、アンリマユ、士郎。三者三様である。
それはともかく一気に顔をまっしぐらに近付けられてしまったアーチャーは焦り、何とか逃れようとしてみるが(菓子を落とすなど勿体ない)し、(逃げるなどプライドが許さない)し、(そもそも士郎に助けを求めるなどどうしようもない)し。
なので菓子を咥えたまま目を白黒させているしかないのだった。それに上機嫌そうに微笑むと、アンリマユはさらにアーチャーとの距離を縮めようとして……。
「せいっ!」
そんな威勢のいい怒声と共に、セイバーの手刀によって菓子を一気に両断されていた。
「あー!」
「ふんっ」
宙に浮いた残りを口に運んでこれも威勢よく喰らい尽くすセイバーに抗議の声を上げるアンリマユだったが、碧い瞳の一撃に遭ってすぐさまその声を引っ込めることとなってしまう。ぽきぽきぽきぽき、ごっくん。
「……全くアンリマユ! 日頃のアーチャーへの不埒、これまでも耐えてきましたが……もう我慢がなりません! 何が愛ですか! ゲームですか! アーチャーはあなたの玩具ではないのですよ!?」
わたしの鞘なのですよ!?とアーチャーの目前に立って両腕を雄々しく広げるセイバーに、きゃんきゃんと尚も抗議の声を上げるのはアンリマユ。
「それはこっちのシロウくんじゃん! このおにーさんはフリーの筈でしょ!?」
「いいえ! アーチャーもシロウですから!」
「セイバー……」
「本当に、ランサーもあなたも不埒な真似ばかり……」
「おいオレかよ」
居たのである。ランサー。しかも苺ポッキーの箱を手に。
「オレはまだしてねえよ。しようと思っただけで」
「思ったのかよ……」
げんなりとする士郎に、坊主だってしてえだろお?とニヤニヤ笑うクランの猛犬。すると士郎は真っ赤になって、
「お! もってなんかない!」
「そんな慌てるなんて逆に怪しーい」
「怪しくなんかないっ!」
「シロウ……?」
「だからなんかないって! セイバーもそんな目でこっち見ないっ!」
じっとりとした目で手刀を構え眺めてくるセイバーに叫びながら、士郎はちゃぶ台にばん!と手を付いた。
「俺はただっ! ……食べ物で遊ぶなんてよくないって思っただけで……」
「やだー怪しーい」
「坊主、やりてえんならやりてえって言っちまった方が楽になれるぜ」
「衛宮士郎、貴様……」
「だからっ!」
今度はセイバーの向こう側にいるアーチャーにまでじっとりとした視線を向けられ、余計に慌てる士郎。だいたいっ、と続け様に大きく開いた口が叫んで。
「ポッキーゲームってなんだよ!? 愛って何だよ!!」
「欲望を綺麗な言葉に摩り替えたといういい例」
「そういうことを聞いてるんじゃないっ!」
「さあお兄さんっ! オレと欲望のポッキーゲーム!」
「いいこと言ったと思ってさっそく使ってみるなよっ!」
「アーチャー! そんな輩と食べ物で触れ合うだなんてよくありません! ならばわたしと!」
「セイバー!?」
「チビッコ王様よ。いい口実見つけたと思って陣取ってくるのやめろな」
「ちょっ! やめなさいランサー! あなたと触れ合う気などありません!」
ずずずいーっとセイバーの体を押しやりながら、傍らの苺ポッキーの箱の封を開けるランサー。その口が一本の先端をぱくりと咥え、
「ほらよ。アーチャー」
「な! 君もかね、ランサー!」
「何のためにここに来たと思ってんだ」
「また昼食をたかるためかと……」
「それもあるな」
「――――食べ物で」
あるのか、と突っ込みを入れたアーチャーの言葉を聞いて、士郎はちゃぶ台に手をかけると。
「遊ぶのは」
やめろって言ってるだろー!とそれを勢いよくひっくり返した十一月十一日の士郎だったのだった。



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