からん。
「あー、冷て」
たらいに張った水、浮かんだ氷。
そこに白い素足を入れたランサーは、ぱたぱたと団扇でくつろげた胸元を扇ぎ、つぶやいた。
七月七日、七夕。晴天。
綺麗に空は晴れ渡り、織姫と彦星も無事に逢瀬を果たせそうだった。天の川が氾濫などしていなければ。
「ほら、あーん」
「あーん!」
微笑ましい声にランサーがふと声のした方を見れば、竹楊枝で小さく切った水羊羹をイリヤに差し出しているアーチャーの姿。一体誰がやったのか、施したのか。白い髪を愛らしく桃色のリボンでアップにまとめた浴衣姿のイリヤはあーん、と大きく口を開けている。
そこに差し入れられる水羊羹。
「ん!」
もぐもぐもぐ。
っくん!
「美味しい!」
ほっぺたに手を当てて、蕩けそうな顔でイリヤが歓声を上げる。それを見ているアーチャーの顔はひどく穏やかだ。
「…………」
「…………」
「……坊主?」
「わ!」
眺めていた隣に声をかければ、驚いた声。本当に気付かなかったのだろうか。素だったが。かなり素だったが。
ランサーは呆れたように団扇の持ち手でちょいちょいと士郎の額を突き、ため息をつく。
「何だ? 姉ちゃんだか妹だかを取られてご立腹か?」
「え?」
「あ?」
「…………」
「…………」
「アーチャー!」
「ちょっと待ったちょっと待ったちょっと待った!」
もがもごもぐもぐもぐ!と。
不思議そうなイリヤと、怪訝そうなアーチャー。ランサーの口を押さえて笑顔でひらひらと手を振った士郎だったが、その背中には滝汗だった。
白い髪という共通点を持った、ただし肌の色が全く違うふたりは首をかしげて「あーん」に戻る。
むぐ、とつぶやいたランサーに鬼気迫る様子で士郎が。
「何してくれるのさ、あんた!」
「んぐ?」
「あ、ああ」
これでは話せないかと手を離せば、にんまりと笑うランサー。
「若けぇなぁ、彦星候補」
「――――〜ッ」
「おっと」
今度はランサーが士郎の口を手で覆う。そしてその耳元で、
「ちなみにオレも立候補してっから」
「!?」
「知ってると思うけどよ」
にんまり、と笑う気配。裂ける、ように、
「…………!」
微笑んだところで。
「面白いお話ですね!」
顔を出したのは、小さな英雄王。彼はランサー、士郎、アーチャーと同じく浴衣姿で。
「ボクも立候補させてもらっていいですか?」
「おまえは本命いっだろ、本命」
「ふふ、花はいくつあっても愛でるのに困りません!」
それはまさに。
一夫多妻何とやら。
「あぁら? 楽しそうねぇ、何のお話?」
この。
女の敵共が、と。ルビを振りたくなるような声音が響いて。
三人がゆぅっくりと振り返ればそこには。
「じっくり聞かせてほしいわ。それはもう、丁寧に」
振り返れば、そこには。
恐るべき。


あかい、あくまが。


「何をやっているのかしら、リンたちは」
「さあな……」
「それよりもアーチャー、もうひとくち!」
「あ、ああ」
あーん、と開いた口にもうひとくち。
空は青く澄んで高く、綺麗に晴れ渡ったというのに。
地では七夕の風情も何もなく、どたばたと走り回って遠坂凛から逃走する男性陣がいたそうな。


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