2/14。
本日、聖バレンタインデー。
衛宮邸では、恒例となるバレンタインパーティーが開かれていた。
色とりどりなチョコレート菓子(当然全てが手作り)がテーブルに並べられ、住人たちが集まる。その場に漂うのはむせ返るような幸福の匂い。チョコレートの香りだ。
「いっただきまーす!」
満面の笑みで銀色のフォークを手に、言ったのはイリヤ。切り分けられたチョコレートケーキを目の前に赤い瞳はきらきらと煌いている。
「ん……ん、ん! 何これ、美味しい! 甘いだけじゃないの、甘酸っぱい!」
「ああ、それはな。間にフランボワーズソースを挟んでみたのだよ。たぶんそれの甘酸っぱさではないかな」
「へえ……さすがアーチャーね! ただ作るだけじゃないんだ!」
一工夫なのね、と笑う。アーチャーはそれに照れたような笑みを返した。
「あ、そっちは何? ホワイトチョコに見えるけど……形が面白いわ」
「それは苺にホワイトチョコをコーティングしたものだ。チョコフォンデュのようなものだな」
「食べたい! アーチャー、わたしそれ、食べたいわ! 取ってちょうだい!」
「了解した」
きゃあきゃあとはしゃぐイリヤに、微笑むアーチャー。それを見て、トリュフを口に運んでいた凛が言った。
「仲睦まじい姉弟愛ね。……何か、妬けちゃうわ」
「まあまあ遠坂。ほら、俺が取ってやるよ。何がいい?」
「生チョコ。ビターをちょうだい」
「了解、っと」
「シロウ! わたしにはミルクをください!」
「はいはい」
苦笑いしながらそれぞれに取り分けてやる士郎。それにランサーがため息をついて、
「嬢ちゃんたちよ。美味い菓子に舌鼓を打つのはいいが、今日が何の日だか知ってるか?」
「え? バレンタインデーよ?」
「あ、知ってはいるんだな」
ずる、と落ちる肩。とん、と煙草の箱を叩く、せっかくの席で!と女性陣から抗議の視線が飛んだが、飛び出してきたのはシガレットチョコだった。
「じゃあまあ。既製品で悪いが、オレからもチョコをおすそ分けってことで」
「やだ、ランサーからだなんて。……セレクトがらしくてちょっと笑っちゃうわね」
差し出された細い煙草を模した菓子を、ひとり、またひとりと女性陣たちがもらっていく。完全なる逆転。本来バレンタインデーは女性が男性にチョコレートを進呈するものである。
それをランサーが言えば、「あら、あげたわよ、きちんと」そう全員を代表して凛が言ったので、まあそれならいいのだろう、と思った。
たとえパーティーの菓子を作ったのが衛宮士郎とアーチャーのふたりであろうとも。
「アーチャーさんのケーキ、とっても美味しいです。ただ甘いだけじゃなくて、ほんのりほろ苦いのが大人の味ですね。ね、これならライダーも食べられるでしょう?」
「はい、サクラ」
間桐主従が楽しそうに言えば、アーチャーの顔はまたほのかに緩む。幸福、という彼の顔を、ランサーは久々に見たように思った。
「…………」
パーティーは、大盛況の内に終わった。


「うう、寒ぃ」
おどけて手に白い息をかけるランサー、アーチャーはそんな彼にコーヒーを放ってよこす。
「お、ありがてぇ」
笑ってそれを受け取り、両手で包み込んでランサーはプルトップを開けた。
「缶コーヒーってのもまたオツだな」
ぐっ、と煽る。一気に飲めば、胃のそこからぽかぽかと温まってくる感覚があった。
「……っと」
そこで。
不意に放り投げられたものを、咄嗟の反射神経でランサーは受け取る。それはラッピングされた四角い箱。
そこで「これは何だ」と問うほど、ランサーも鈍くはない。
「アーチャー、おまえ……」
「……だけだ」
「え?」
「君に、だけだ」
それでも意味を咀嚼するのにしばらくかかった。君にだけ。つまり、先程のパーティー用に用意されたものたちとは違って、これは純粋にランサーのためだけに用意されたもの。
「――――」
もう、全てが愛しくなって、コートのポケットにその箱を突っ込むと、ランサーはアーチャーを抱きしめていた。
「な、ラン、サー……!?」
「駄目だ。……おまえが、悪りい」
缶コーヒーの空き缶もポケットに押し込んで、自由になった両手でアーチャーの頬を包むようにする。そうやって、くちづけた。
コーヒーの苦い味がきっとしただろう。甘い味がしたならよかったのに。例えば、たった今アーチャーからもらったチョコのような。
けれどこの箱はなかなか開けられないことだろう。もったいなくて簡単に開けられない。きっと消費期限ぎりぎりまで教会に用意された自室の机の引き出しの中へといる。
「ありがとな、アーチャー」
腰を抱き、寄せて、もう一度くちづけようとすると――――。
「っ!」
足を踏まれて、思わず悲鳴を上げた。その隙にアーチャーは逃げ出して、背を向けて遠ざかっていく。
「おい、アーチャー……」
呼びかけて、やめて。ランサーは笑んでいた。照れ屋な恋人。今日は彼から、“特別な”ものをもらえただけでよしとしよう。



back.