ざり、と砂が鳴る。
目の前には女。
姿形は充分に成熟していたが――――どこか幼い、というのか、危うい、というのか。
所謂精神年齢が肉体年齢と釣り合っていない。そんな女だった。
女は言う。自分をサーヴァントだと。そして己がそのマスターだと。
サーヴァント、マスター。その言葉に耳慣れはなかったがどうしてだかすうっと意識に浸透した。尋ねてみたところ、聖杯とやらの機能で自分たちは召還された時代などの知識を自動的に得るらしい。
なるほど、と思ってふと、机の上に置いてあるものに目が行った。
「なあ、あんた」
「はい?」
不思議そうに女が言う。置いてあったもの、箱を突き付けて言ってやった。
「んなもんばっか食ってるから中味が成長しねえんだよ。きちんとしたものを食え、きちんとした」
それは。
現代に蔓延る、総合栄養食と呼ばれる食べ物らしかった。しきりにその女が効率的だ何だ、と繰り返すのでひとつ失敬して食ってはみたが、やはり味も素っ気もなかった。
まともな料理をする奴に出会いたい、と思いながら文句を言ってその栄養食とやらをさっさと片付けた。


空には月。女は旧知の友とやらに呼び出されていった。
子供のようにはしゃいで(指摘すると顔を真っ赤にして怒った。いつもそうなら可愛げがあるものを)出かけていった。
ひんやりと冷気が実体化した身に心地いい。そうだ、思い出した。昔もそうだった。
戦闘後に敵の屍の上、戦いの余韻を夜風で冷まし。
狂化した後など最高だった。仲間は恐れて寄ってこなかった、何。それもたった一晩のこと。
夜が明ければ平気な顔をして、やって、きて――――、
「!?」
どくん、と心臓の音。
視線を月から空全体へと移す。何だ。背筋を駆け抜けていったのは何なんだ。
ぼたぼたと腕から何かがこぼれ落ちていくような気がする。熱いものが、ぼたぼたぼたぼたと――――。
繋がった、腕から。
「チ……!」
やられやがったな。
あの、甘ちゃんが。


行ってみれば思い通り。女の死体が床に転がっていた。
「バゼット!」
名を呼び、駆け寄ろうとするが隣に立っていた得体の知れない男が邪魔をする。
「て――――めえ」
「ランサー。クー・フーリンだな」
その男が持っていたのは、女の、
「この女の令呪は私が貰った。すなわち、おまえはもう私のものなのだよ、ランサー」
腕が。
腕が、ない。
血が流れすぎている。
この女は、助からない。
「この、クソ神父……!」
「ほう。見た目で判断したか? それともこいつに聞いたかね?」
「忌々しいがな、ロザリオなんぞ身に付けてる時点で確定だ。……で? その女の令呪を奪ってどうする」
オレを自害でもさせるつもりか。
この神父はいずれかのサーヴァントのマスターで、邪魔者である自分たちを陥れて脱落させようと?
だが、こいつは言った。
おまえはもう私のものだ、と。
「――――! まさか、」
「そうだよ」
神父は笑う。
いっそ、神々しい程の笑みで。
「私の手足になれ、ランサー。そうすればこの女も浮かばれる。さぞかしおまえの活躍を期待していただろうからな? ……令呪を……」
「やめ……!」


光が、放たれた。


こうして。
女は死に、サーヴァントは縛られ、神父は暗躍する。
運命の夜まであとわずか。
サーヴァントは部屋の隅にある箱から、一本の袋を取り出した。
とっくに賞味期限が過ぎたそれ。
口に運べば、何の味も素っ気もない感覚がして。
どうせ若くして死ぬのならもっと美味いものを食って死ねばよかったんだ、と。
そう、思って目を閉じた。


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